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【カイハク】死が二人を分かつまで

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ハクは壁に掛かったカレンダーを見上げ、溜息をつく。


きっと、マスターは忘れてしまってるのね。
印を付けておいたのだけれど。


お茶の支度をすると、朝から書斎に籠もりっきりのジェードの元へと向かった。



最初のノックは返事がなかったので、二度目は強めに叩いて声を掛ける。

「マスター、お茶をお持ちしました」
「ああ、入りなさい」

扉を開けて中に入ると、積み重なった書物の陰から、ジェードが顔を出した。

「ありがとう。適当に置いてくれないか」
「はい。あの、そろそろ、一息入れては」
「ああ。切りのいいところでそうするよ」

だが、「切りのいいところ」が何時までたっても来ないことを、ハクは知っている。小さく溜息をついて、邪魔にならない所に盆を置くと、

「マスター、今日が何の日だか、お忘れですか・・・・・・?」
「ん?午後の予定は、何も入れていないはずだが。晩餐会の誘いなら、悪いが断っておいてくれ」
「い、いえ、あの・・・・・・奥方様の誕生日です」

ハクが躊躇いがちに言うと、ジェードは顔を上げた。

「そうか。早いな」

ジェードの妻サファイアは、優秀な魔道士であったが、魔物を召還する儀式中の事故で、命を落としている。
サファイアが生きていた頃は、妻の誕生日を決して忘れることはなかったのにと、ハクは悲しげな目でジェードを見つめた。

「それで・・・・・・お墓参りに行こうかと・・・・・・」
「ああ、そうしてやってくれ。彼女は、お前を本当の娘のように思っていたから」

ハクは、庭に面した窓へ視線を向けて、

「あの、今日はお天気もいいですし、一緒に」
「すまないが、お前一人で行ってくれないか。もう少し進めたいのだ」
「ですが」
「妻も分かってくれるだろう。彼女のような悲劇を繰り返さない為に、必要な研究なんだ」
「・・・・・・はい」

ジェードはサファイア亡き後、儀式中の事故を無くす為に、魔道具の研究に没頭している。魔力を封じた道具によって儀式の成功率を上げることが、事故を防ぐのに重要なことだと、ハクにも分かっていた。


でも、命日にも行かなかったのに。


ぐっと言葉を飲み込んで、ハクは頭を下げると、ジェードに背を向ける。書斎を出る前に振り向いて、

「食事の支度はしてありますから。今日こそ、ちゃんと食べてくださいね。マスターのお体に障ります」
「ああ、分かってる」

気のない返事に、また小さく溜息をついて、ハクは扉を閉めた。




「ごめんなさい、今日も一人なんです」

用意しておいた花束を供え、墓前に手を合わす。

「お誕生日おめでとうございます・・・・・・マスター」

ハクにとって、制作者のサファイアが最初のマスターだった。
魔力で動く人形。その自分に、命を与えてくれた人。
ハクにとって、サファイアは親のような存在であり、子の産めないサファイアにとっても、ハクは娘代わりだった。


『お母さんって、呼んでもいいのよ』


時折冗談めかして言うサファイアに、ハクはいつも笑うだけだった。
ただ一言呼ぶだけのことが何故出来なかったのかと、今にして思う。


あんなことになると分かっていたら、幾らでも呼んだのに。


「今更、遅いですよね。ごめんなさい」

手を伸ばし、墓石に触れた。
指先に感じるひやりとした冷たさが、彼女はもうこの世にいないのだと、改めて突きつけてくる。

「また、来ますね。今度は、二人で」

けれど、その約束を守れたことは一度もない。
死が二人の心を分けてしまったのだろうかと、ハクは目を伏せ、墓所を後にした。