3月2日0時5分ごろ
「よう、精がでるな」
ガチャリとキッチンの扉を開けると、誰もいないはずの部屋から声があがって、ゾロは驚いてその場で動きを止めた。何で灯りもついていない部屋に人がいるんだという驚きより、何でこいつがいるんだという焦りのほうが、ゾロの頭の中では強かった。開けてしまった以上、入らないわけにはいかない。ゾロはキッチンの時計の針を見つめた。
「…何固まってんだよ、そんなにビビったのか?意外と気が小せェんだな」
サンジはそんなゾロの胸中も知らず、いたずらが成功した子どものように笑った。
「電球切れちまってさ、倉庫に取りにいこうかと思ったんだが、もう少しで作業も終わるし、それまでろうそくでいいかと思ってよ。間が悪かったなお前」
「…驚かすんじゃねェよ」
「ははは、面白いもん見れたぜ」
「うるせェ」
なんか飲むんだろ、灯り必要か、というサンジの問いかけに、いや、と短く答えて、ゾロは、もう一度時計の針を見つめる。何度見ても0時は回っていた。
「………おい」
「ん?」
ゾロは、サンジの正面に立ち、落ち着きなく視線を彷徨わせる。プレゼントの用意がないのだから、せめてこれだけでもしっかり言わなければ。
「たっ、誕生日、おめで、とう…」
言えた、と、ゾロは、肩の荷が下りたような、すっきりした気分になったが、すぐに気恥ずかしさがこみあげてきて、やっぱり言わなければよかったかと、なんともいえない気持ちになった。
ろうそくの灯りに照らされて赤い顔をしているサンジの表情は、いまいち読みづらい。変に意識しすぎだおれはと、ゾロはじんわり顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ああ、ありがとな、まさかてめェにいちばんに祝われちまうとは…しっかしなんだよタンジョウビ、オメデ、トウって。無理してんのバレバレだぞ」
痛いところをつかれて、ゾロはつい声を大きくして反論する。
「そんな言い方してねェだろ!ったく、人の善意を…!」
「ははっ、まさかお前に祝われるとは思ってなくてよ。…まあ、嬉しいもんだなこういうのは…で?プレゼントは何くれるんだ?」
「いや、それは、その…」
「ああ、いいっていいって冗談だ。別にものなんていらねェよ。知ってるか?プレゼントってのは、いちばん大事なのは気持ちなんだぜ?ものじゃねェよな。」
ああ、楽だな、とゾロは思った。やっぱり、おれは意識しすぎだったんだと、そう思った。なぜ意識して緊張していたのかはよくわからないが、実際に会って話してみれば、別にどうということはない。
「そうか、ならいらねェんだなプレゼントは。何が欲しいのかもわからねェし、正直考えんのもめんどくせェと…」
ゾロはすっかりいつも通りに戻って話を続けたが、サンジの視線に気が付いて口を閉じた。今にも蹴りつけてきそうな表情に、思わず一歩後ずさる。
「おいクソマリモ…てめェ人の話聞いてなかったのか?おれは、気持ちがあるならいらねェと、そう言ったんだぞ…!それを堂々と、めんどくせェだァ!?ふざけんなコラァ!」
「な、なんだよ!てめェがものはいらねェっていうから…!」
「これあげたら喜んでくれるかな、って気持ちでプレゼントは渡すもんなんだよ!だからてめェに、何あげたら喜んでくれるのかわからなくてって気持ちがあるならいいんだと、そう言ってんだ!考えんのめんどくせェなんていちばん最悪だ!人の誕生日にてめェは…!罰として、きょうは1日おれのいうこと聞いてもらうからな!」
「ハァ!?ふざけんななんだそりゃ!冗談じゃねェ!」
「うるせェ!誕生日は特別なんだよ!わかったらさっさと倉庫いって電球取ってこい!」
「て、てめェ…!覚えてろよ!」
サンジの言い分に納得はできなかったが、つい口を滑らせた自分も少しは悪いかと、悪態をつきながらゾロは倉庫に向かった。まあ1日の辛抱だと、自分に言い聞かせる。
サンジはそんなゾロの後ろ姿を見ながら、こっそりふっと口元を緩めた。
作品名:3月2日0時5分ごろ 作家名:ルーク