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Calling You

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「良い夢?だって、エドはあんなにうなされて・・・」
「はみだしものだって言っただろう?あいつは少々ひねくれていてね。――― 『夢』とみせかけて、『夢』ではないものをみせるのさ。俗に言う、『悪夢』だよ」
 きれいに浮かべた微笑に、ハボックはまたしても寒気がした。それに気付いたように、うれしそうな男は続ける。
「あいつはね、ほうき星のように、あちこちの空を流れてふらついている。そうして、ひどく《傷み》のある夢を見つけると、その夢の持ち主が、その《キズ》を何度もみるように、《仕掛け》にいくのさ」
「しかけにって・・・夢を操作するってことか?」
「・・・悪夢しか、みられないってわけか」
 顔をしかめる二人に煙をふきかけた男は、煙草をきれいにゆらめかせ、黒髪の男に微笑みかけた。
「ああ、ぼうやは仕掛けられてはないだろうけど、知ってるだろう?仕掛けられれば眠ることができず、幻覚や幻聴におちいり、病院いきだ。戦争に参加した軍人なら、だれでもなりえる。きみの周りにもいただろう?」
「―― なぜ、その存在を、『親切にも』わざわざ教えてくれるのか、本当のところを聞かせてもらおうか」
「きみたちとは『縁』があるからっ、ていうのはどうだい?」
「そんなものがあるのなら、今ここではっきりと、ぶったぎっておこう」
 小ばかにした笑いを返す男が、うまそうに煙草のけむを吐く。
「そんな冷たいことを言わなくともいいだろう?正直に言うよ。じつは、あの夢魔は、ぼくの遠い親戚の、おばが逃がしたものでね」
「・・・ちょっとまて。そっちのせいってことか?」
「『遠いおば』?なんだそりゃ・・・っつうか、あんたも親戚とかいるんだ・・・」
 軍人二人がうんざりした声をだせば、ぐにゃりと突然空間がゆがむ。
 床板やカウンターまでがやわらかい粘土のようにたわんでのびて丸くなり、陰気なバーテンダーものばされて丸められ、なんだかわからなくなってしまう。隅にいた黒い男は、ただの黒い影になり、カウンターといっしょにのばされているが、変わりなくしゃべり続けた。
「ほらまた、金色のあの子に、御執心なやつがおでましだ」
 軍人二人はお互いの姿が変わらないのを確認しあい、銃器を用意しながら気配をさぐる。
「ごまかすな。そっちで逃がしたものなら、責任を持って《そちら》で処分しろ」
 上司の男がぐにゃぐにゃと動く黒い影に命じる。はん、とばかにした声が返った。
「―― 忘れてもらっちゃ困るな。前回の件、ぼくはかなり君たちに協力したはずだ。遺体もちゃんと返したしね。今回の件は、たしかにこちらが逃がしたせいでこうなったけれど、やつが《仕掛け》てるのは、きみたちの大事な『金の子』だ。早くどうにかしないと、あの子もじきに、壊れるよ」
「―― っくそ。なら、どうすりゃいいってんだよ!?」
 すぐにでも撃てるように準備をした銃を、黒い影にむけハボックが怒鳴る。
「それは簡単だ。あいつの《仕掛け》から、あの子を出せばいいんだよ」
 仕掛けって?と聞き返したとき、ぐいん、とゆがみが一気にとれて、すべてが元に戻る。陰気なバーテンダーが、影だけになった男の前に、琥珀色をみたしたグラスを置いた。
 黒い影がそれをもちあげ、かたむける。
「この街の、『 CINEMA 』とかかれた看板をさがして入るんだね。上映中だろうから、静かに入ったほうがいい」
 琥珀色を飲み干す影が、追い払うようにグラスを振った。







 酒場の外にあった街は、元の街に似ているようで、似ていなかった。
「・・・・だれも、いない・・・」
「気持ちが悪いものだな。だれもいない、きれいな街というのは・・・」
 ゴミひとつ落ちていない石畳。ドアの開いた店先。パン屋にも屋台にも、商品である食べ物が並び、花屋や生鮮市場にも品がならぶ。だが、物音ひとつしなかった。
 おおきな広場を囲むようにたくさんの店が連なり、ほそい路地奥にも、小さな店が並ぶ。大通りをまがろうとしたとき、『CINEMA』とかかれた傾いた看板にぶつかる。黙ったままうなずきあい、開け放たれたままの両開きのドアをくぐる。
 中は薄暗く、またしても両開きのドアが並ぶ。ドアのとってに『上映中』の小さな札が下がっていた。
 ドアの両側にはりつき、手袋をはめた手を用意する男が、そっとそれを押す。中を確認し、部下にも続くように合図をおくる。
「―― さらに、ドアかよ・・・」
 呼ばれて身をすべりこませた男がうんざりと小声をだせば、し、と黙るよう命じられた。
 ―――― まってろよ、たいしょう
 女に抱えられた、子どもの顔を思い出す。にぎった銃のグリップが汗ばんでいるのを意識する。
「――― りきむなよ」
「・・・・いえっさ・・」
 暗闇で見透かされ、返事をすれば、自然と力が抜けた。
 ゆっくりと押し開けられた中から、光がもれる。身をかがめ、そっとうかがい、さっとはいりこむ。
 中は、たくさんの椅子が並べられているようだ。まぶしいくらいに感じた光の元は、その椅子すべてがむいている、むこうの壁だった。
 ――― いや、壁じゃない・・・。吊るされた、白い・・
「・・・ぬの?」
「どうやら、投影しているようだな」
 ここからだとよく見えないが、布には何か、動くものが映しだされているようだ。
 カタカタカタカタ
 ―――― 何の音だ?
 一定の間隔でたつ軽いその音の元を、ハボックは眼でさがす。映された光をたどれば、たくさん並ぶ椅子の真ん中に、長い脚をもつ、箱のようなものが見え、それに、黒い影がくっついている。
 ―――― なんだ?男か?あいつが、箱で音をたててる?
 背の低い男が、背の高い筒状の帽子をかぶり、よく見れば、箱についた取っ手のようなものをまわしていた。
 その箱の、すぐ前の席に、見覚えのある小さな頭のシルエット。
 ――― エド?いや、中尉といっしょにいるはずだ・・・
 同じく子どもを認めた上司が、ここは現実世界じゃない、と小声で伝えてくる。
 わかってはいる。
 じゅうぶんわかってはいるのだが、気持ちがあせる。
 ゆっくりと壁際をつたい、軍人二人はうしろにまわる。
「っ、・・・・」
「そ・・・」
 正面の布に映されたものがしっかりと確認でき、男二人の口から、うめきがもれそうになった。

 布に映し出されているのは、明らかに幼いエルリック兄弟とその母親で、幸せそのものな、日常の風景だ。

 奥歯をかみ、銃身をあげたところで、上司の手がそれをとめる。
「―― まだだ」
 でも、と言い返したのをこらえる。上司である男の眼が、刺すように、箱をまわす男へむけられているのに気付く。覚えているか?とその眼で聞かれた。
「――― あの黒い男は、《仕掛け》から、鋼のを『出せばいい』と言っていたろう?例えこれが現実世界でないとしても、あそこに座っている、この世界の鋼のを、助け出さないとならない」
「そりゃわかります。・・でも、きっと、これ、」
 ハボックが言い終えないうちに、かん高いしわがれ声が響き渡った。
「おきゃくさーん、おしずかにィ。興奮しちゃうのはわかりますけどねぇ、座ってみてよお」
作品名:Calling You 作家名:シチ