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Calling You

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 髪をおろした子どもの顔と、眼をのぞきこみ、そっと、まだ小さなその手に、自分の手をのせた。
「・・・よかった。顔色、よくなって」
 その、静かな声に少年は意を決し、熱くなった顔をあげる。
「中尉、その、おれ、・・・だ、だ、・・・・抱きついてた・・・?」
 病院に入れられる前、宿直室でまたしてもうなされて、どうやらそばにいてくれたこの女性に、抱きついていたようなのだ。
「お、おれ、眠るつもりなかったんだけど、なんか、あんときはもう、夢と現実の境界があんまなくって、その、気分悪くて、えっと、さけんだり」
「してないわよ」
「・・・・さけばなかった?おれ、変なこと言ったり・・・」
「してない。それは、わたしが保証します」
「ほんと?」
「あら、わたしを疑うの?」
「いやいや!・・・・でも・・」
 女が手を軽くたたき、ごめんなさいね、と言った。
「あれはね、あなたが抱きついてたんじゃなくて、わたしが、抱きしめちゃったの」
「・・・・は?・・・」
「何もできなくて、つい。・・・苦しかった?」
「ううん!ぜんぜん!その、――― きもちよかった」
「・・・・・・・・」
「っっ!!っち、っち、ちがあああああう!!っそ、そのっ、」
 女がころころと心地よい声で笑いだし、子どもは頭をかきむしる。目元をぬぐった女が、よかった、ともう一度言った。
「―― わたしでも、ちょっとは役に立ったみたいで」
「と、とんでもなくて、その、・・・・ありがと。迷惑かけて、スミマセンでした・・・おれ、ガキみたいだったろ?」
「・・・・・・・」
 恥ずかしそうにうつむいた子どもを、女はあやうく、また抱きしめそうになる。
「・・・あら、あのあえぎかたは、なかなか色っぽくてよかったわよ。女の子ならときめくんじゃないかしら?」
「あ、あえぎって・・・・」
「あ、そうだわ、これ」
 女が思い出したように、上着のポケットを探る。
「ハボック少尉から預かったの。みんなからのお見舞いとは、別に渡してほしいって」
「・・・・・・・・・」
 男の名をだされ、一瞬うろたえた赤い顔が、出されたコインを見て、すこし、困ったものになる。
「―― みて。このコイン、少尉の名前が彫ってあるわ」
 こすれた傷跡のようなそれを、女の細い指先がなでてみせるが、子どもは手を伸ばそうとしない。にっこり笑った女が細い手首をつかんで引き寄せ、どうにか開いた手の中に、それを置く。
「―― 少尉と、・・なにかあった?」
 コインを見つめる子どもの顔が、さらに赤味をます。眉をさげた顔が、ゆっくりとあがった。
「・・・夢、のほうだと、思うんだけどさ・・・・。なんか、大佐と少尉が出てきて、おれ、少尉に担がれて、どっかから外に出るんだけど・・・・」
 手を動かし、コインを転がす。
「・・・少尉、なんだかすげえ怒ってて・・」
「あの人が?」
「うん。・・・たぶん、おれが悪いんだろうけど・・・。肩からおろされたら、黙ってにらまれたまま、ほっぺたつねられて・・・」
「あら、痛そう」
「すっげえ痛かった!!夢なのにさあ!しかも、・・・変にリアルで・・・つねられたまま、いてえ、って文句言ったら、少尉、・・・おれの頭つかんで、制服に押し付けやがって・・・・」

『 たしかに、おれたちは、仕事仲間かもしれねえけど、おれは、それだけじゃねえって思ってる。そりゃ、おれなんか頼りにならない大人だし、おまえのほうがよっぽどしっかりしてるかもしれねえけど、なんかあったら、相談にのってやれるぐらいは、おれにも、できる。――― みんな、そうおもってる。おもってるんだよ、たいしょう。みんな、仕事以外のところでも、おまえたちのこと、おもってるから・・・ 』

 片腕で、ぎゅうと抱き込まれた力の強さとか、押し付けられた制服の煙草のにおいとか、普段は飄々とした男のとぎれがちな声とか、 ―――― 。

「・・・リアルすぎちゃって・・・。この前、ここに来てくれたとき、顔、みられなかったから・・・・寝たふりした・・・」
 コインを、ぎゅうと握りこみ、あのとき、気配が去ってからの後悔を、思い出す。
「きっと、――― 少尉が心配していたのが、夢で伝わったのね。この病院に連れてくる前の晩、付き添いがわたしからハボック少尉になったら、エドワードくん、眠ったのよ」
「え?」
「うなされることもなく、病院につくまでぐっすり寝てたって。少尉、すごく、満足そうに大佐に報告したんだから」
「・・・・なんか・・よけいはずかしい・・・」
「あなたに平穏な眠りがおとずれて、みんな、ひと安心だったわ」
「・・・・みんな?・・・」
「みんなよ」
 当然でしょう?というように、女は微笑み返す。
「それじゃ、ゆっくり休んで、元気になってね。まってるわ」
 あたりまえのように、頬に親愛の挨拶をうけ、子どもはあわてた。とどめのように頭を抱き寄せられ、つむじにもキスされる。
「―― 仕事で来てるんじゃないわ。大事な人のお見舞いに来てるの。―― また、来るわね」
「・・・・・う、うん。・・ありがと」
 再度頬に唇をもらい、慣れない子どもは熱があがりそうだった。
 いつものように、さっそうとした身のこなしで女が出ていったドアを見つめる。
 すぐそこで待っていたのだろう、弟と挨拶をかわしているのを耳にし、手の中で汗ばんだコインを開いて眺める。

 寝たふりをする子どもに、にやけた声が言っていた。

『 どうせなら、たいしょうが、いやでもおれたちのことを思い出して、絶対に忘れないようなキズがいいんだ。それなら、おれ達もあんしんだ 』

 布団を被って聞いたあの言葉は、心のどこかを、じくり、とうずかせたが、そのつもりで男が作った、『傷』を持つコインは、痛むような疼きもなにもかもを包み込むように、からだのすべてをあたためた。
 いま顔が熱いのは、恥ずかしいからじゃなくて、 ―――― 。

「―― どうしたの?にいさん、うれしそうな顔して」
「い、いや、べつに。あ、あのさ、アル」
 花瓶にいっぱいの花を持ってきた弟がそれを窓辺に置き、なに?と花の位置をなおす。
「・・・いつも・・ありがとな・・」
「・・・・にいさん・・・。何か拾って食べた?」
「お、おまえなあ!」
「当然でしょ?兄弟なんだしさ。ぼくより、ちゃんとお礼いわないといけない人たちがいるでしょ?」
「わかってるけど、お前にもちゃんと礼を言えって、大佐がうるせえんだよ。あれじゃあ見舞いに来たのか説教にきたのかわかんねえぜ」
「お見舞いだよ・・。にいさん、もらった果物、すぐに食べちゃったじゃないか・・」
「・・・そうだっけ?まあ、食事もほぼ普通にもどったしな。病院も飽きてきたし、さっさと治して、《おれいまわり》にでかけるかあ」
 大きく伸びをしてベッドに倒れる。
 コインを投げてにやける兄に、弟が確認した。
「―― そういえば、椅子の上に、また花束があるんだけど、中尉のあとに、誰か来たの?」
「はあ?まさか。だっておまえ、中尉とすぐそこで立ち話してたんだろ?その間、誰かここに入ったか?」
「・・・・だよねえ・・。でも、ほら、こんなきれいな水色のカードもついてる」
作品名:Calling You 作家名:シチ