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月のひかり、星のかげ

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バイト中に聞いたのと同じ質問を受けて、ソラは更紗を振り返り、まじまじと凝視した。「……何で?」と訊ね返す言葉もそのままだ。しかし更紗はタローとは違って動じることなく、「今、じいっとショウコちゃんのことを見てたから」と具体的な理由を述べた。

「ああ……ちょっと、彼女のことで考えごとをしていたから」

分かり易い理由にホッとする。

「他意はないよ」

淡々と告げると、「そう……」と更紗はほんの少し、残念そうに肩を落とした。……どういうことだろう。安堵の表情を浮かべたタローといい、つまらなさそうにしょんぼりする更紗といい、自分とショウコに何を期待しているというのだろうか。
人も、星の精霊も、もしかすると宇宙人も――ちら、とパルを見て思った。そんなわけはないか――恋愛には興味津々ということなのだろうか。ソラにはその思想が理解出来なかった。「どうして皆、こういう話が好きかなあ」と肩を竦めて、空に架かる月を見た。三日月だ。
「え、あ……好きっていうか、ちょっと気になっただけなの」
「気になるってことはつまり、好きってことなんじゃなくて?」
「そ……う……なのかな……」
ふと、更紗の応答が小さくなる。ハッとして視線を下に落とすと、困惑した顔でもごもごと口篭る更紗がいて、ソラは己の刺々しい反論を悔いた。「……ごめん」と咄嗟に謝罪が口を衝いて出る。あまり気乗りのしない話題続きで、つい当たってしまっていた。

「ごめんね、更紗ちゃん。別に、君を責めているわけじゃないんだ」
「ううん。私の方こそ、何だか嫌なこと訊いちゃったみたいでごめんなさい。今度から気を付けるねっ」
「いいや、本当にごめん。……あんまり気にしないで良いから」

ぎこちなく笑って詫びる更紗に、ソラもまた手を振りながら謝罪を重ねた。ぺこぺことお互いに謝り合う様子は、端から見れば奇妙で不可解な光景だったのだろう。何事かといった面持ちでショウコがこちらへ歩み寄って来る。その追及から逃れるべく、ソラはそっとその場を離れた。「四隅星(よつまぼし)は見付かった?」とパルに話し掛けつつ、自然な風を装ってショウコと立ち位置を入れ替わる。
「チョットよくワからないウパ〜」
「そっか。じゃあ、シェアトから見付けてみようか。他の三つの星と違って、赤色をしているから分かり易い筈だよ」
後方ではショウコが更紗に何か問い掛けているようだったが、ついさっきの反省からして、更紗は衝突の内訳を語るとは思えなかったし、語ったとしても自分を責めるような発言はしないだろう。そう考えて、ソラは密やかに安堵した。――ショウコちゃん、怒ると怖そうだしなあ。などと、それこそショウコが知ったなら怒りそうなことを思って、嘆息する。ショウコに抱くのは、その程度の意識だ。

「アッ、あかイホシをハッケンしたウパ!」

タローや更紗の指摘するような、恋心であるわけがない。

「ああ、見付かった? それが右上の星になるから、そこから向かって左にある、アンドロメダ座のアルフェラッツと真下のマルカブ、対角線上にアルゲニブを探してごらん」

同じ失恋を経験した者として同情は覚えるけれども、それまでだ。
そもそも、更紗に言い当てられたように、自分は恋愛の類がはっきり言って、嫌いなのだ。……恋がしたいだの、彼氏彼女が欲しいだのといった世間一般の考えがソラには全く以て分からない。

「他の三つはみんな青白い星だよ。然程大きくはないけど……」
「ウ〜ン……アレと、あれト、アレウパ?」
「そう、正解。それを全部一本の線で結ぶと四角形になるでしょ?」
「ナルホド……おッキナしかくウパね! キレイウパ〜!」

恋だなんて、したところで苦しいことばかりじゃないか。

頑なに、そう思う。
過去に一度恋をしていて、そのたった一度の失恋で何を分かったつもりになっているのか、と、言う人間もいるかも知れない。けれども、そのたった一度の恋が齎した喪失は計り知れなくて、ソラを絶望させるには充分過ぎる程のものだったのだ。
「……うん。それがペガサスの胴体に当たる部分、だよ……」
しかし、自分だけならまだ良い。実際に、多くのものを失ったのは自分以外の、自分が最も愛した人間達だった。
自分だけなら、身の程知らずの恋故の自業自得とも言えたのに、どうしてこうも運命とやらは非情なのか。恨みたくなる。
……誰を? あのペガサスのよりも高くにある、白鳥に化けて天の川を渡る何処ぞの神様を?
いや、それよりも誰よりも、大好きな人達を傷付けてしまった、

「……別名、秋の四辺形」

この僕を。


プラネタリウムのテープの如く、機械的に星の解説を述べながら、ソラは蘇る記憶に顔を顰めた。本来ならば、思い返したくもない忌まわしい過去が頭の中に次々と浮かんでくる。これだから、いわゆるコイバナは苦手なのだ。
家の話も、昔の話も、失ったものを連想させる全てのことが嫌で、堪らないけれども。だから普段はそれらを避けるようにして、ひっそりと生きているのだけれども。……っていうか、
生きていて良いのかなあ僕は。逃げているとしか言いようがないじゃないか。こんなことで、消せるわけでもないのに。だからと言って、二人の側にいられる資格はないんだけれど、だけどこうして僕だけがのうのうと暮らしているだなんて、
「……コのホシはナニざウパ?」
許されるんだろうか。僕は二人に許されないことをしたのに。今思えば、何であんなことをしちゃったんだろうな。幾ら、あのひとが好きだったからだなんて。どうせ実を結ぶ恋でなかったことは自明だったじゃないか。本当に馬鹿としか、言いようがない……

「…………ソラ?」

険しい表情で沈黙したソラをパルは不思議そうに見上げたが、ソラの眼は最早、間近にいるパルの姿を捉えてはいなかった。思案の渦を漂うソラの眼は、ただ開いているだけで何も映してはいなかった。
いつもなら、行き過ぎた物思いは危ないと自分自身で歯止めを掛けるのが常なのだが、そのように冷静に己を顧みる理性は何処かへ吹っ飛んでしまっていた。……実に些細な切っ掛け。それでも、

「………………ッ……」

たった一度の過ちは、ソラを蝕み続ける。

「……っ、あ…………ぅ」

息が喉の奥に貼り付く感覚に、ハッと我に返った時には既に遅く、それは起こっていた。
胸が痛むのは決して、今さっきまでの回想からくる精神的な痛みではない。確かな圧迫感に、ソラは胸を押さえた。ギュッとパーカーを鷲掴みにして、その下から響く動悸を聞く。……ドクドクと、ハイペースで走り始めた心音に思うことは、一つ。まずい、と。ようやく戻って来た理性が訴え掛ける。落ち着け、と。

『ソラ。今度の日曜、空けておいてくれな』

しかしながら、一度加速した車が急に止まれないのと同じように、

『お前に会わせたい人がいるんだ』

早鐘を打つ心臓も、


『え? 誰?』

『お前の知っている人だよ』

『何だ、恋人でも紹介されるのかと思った』

『それに近いかな』

『…………』

『今日は、ソラ君』

『………………』

『ほら、良く知っている人だったろう?』

『……何で』

『実は、ソラ』

『一年位前からお付き合いをしていて』