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月のひかり、星のかげ

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無言で踵を返した彼に眉根を寄せながら、もう一つの影の持ち主である眼鏡の青年も後に続く。何も、見なかったかのように二人はその場を後にした。彼らの話し声はだんだんと遠ざかり、川の匂いが感じられなくなったところで、眼鏡の青年は訊ねた。「……どうした?」と、不審を露に問い質せば、前を歩いていた青年は無言のまま、ピタリとその場に立ち止まった。しかし、返事はない。
「お前らしくもない。……奴と何か、諍いでもあったか?」
その広い背中に追い付いて、眼鏡の青年は彼の顔を覗き込んだ。
彼は童顔だ。くりくりと大きな瞳は、いつも、純粋さを表すような透明感のある飴色を湛えているのだが、覗き見た彼の双眸は暗く、淀んでいた。容易には窺い知れないであろう感情が、その奥底に渦巻いているのが見える。何を考えている、と問う前に彼はぽつりと呟いた。「……違う。違うよ、ナカジ」――取り敢えずの否定。
「だったら、何だ」
「大したことじゃない。……ただ、ちょっと思っただけ……」
すかさず突っ込みを入れたナカジに対し、彼は低い声で答えを、

「ショウコちゃんには、ソラは救えないのになって――…」

本音(こたえ)を明かした。――ざあ、と夜風が吹き抜ける。俯いた彼の前髪は冷たい風に掬い取られて、その下の瞳が露になる。
剣呑とした飴色の光をナカジは、見た。彼らしからぬ表情に思わず溜息が零れた。
似つかわしくない表情を不愉快だと言ったなら、きっとただでさえ悪い機嫌を損ねてしまう。しかしながら、黙っているのもいけ好かない答えだ。眉間に深い皺を刻みながら、呼んだ。

「……タロウ、」

強く吹き付ける秋の風は、タローの嫉妬も、ナカジの苛立ちも宙へと巻き上げる。そしてそのまま河原の方へと通り抜けると、ソラの独善やショウコの真意を拾って、連れ去って行った。――本人達は誰一人、知る由もない思惑が月明かりの下に交錯した、静かな夜。
それは、これから来る嵐の兆しなど微塵も感じさせない星月夜のことだった。