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月のひかり、星のかげ

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第二話 涙降った夜




つい先程まで晴れていたのに、瞬く間に暗雲に覆われてしまった空を見詰めて、ショウコはぼんやりと思案した。こんな日でも、彼は星を見に行くのだろうかと考えながら、彼女は机の上に視線を落とす。そこには既に回答の書き込まれたノートがあった。
正直、この現国教師は回答時間を多く取り過ぎているのではないかとショウコは思う。暇を持て余して、机の下で携帯電話を操作すれば登録したての『彼』のアドレスが画面にパッと表示された。電話も、メールも、これまで一度たりともやり取りをしたことのない彼の名は、

アドレスNo.31 『望月空』

……という。社交辞令というか、成り行きで交換したソラのアドレスには『orion』だの『Betelgeuse』だのの天文用語が連ねられていて苦笑するしかない。本当に星が好きなのね、と呆れれば恐らく、好きだよ、と鮮やかなまでの笑顔で返すのだろう。

『何でこんなにも好きなのか、自分でも分からないんだけどね』

――兎も角、ソラはショウコの携帯に登録されている、数少ない男性だった。他にショウコが登録している男の名前と言えば、父や弟といった血縁者と、それに程近い関係である年下の幼馴染と、それから、つい一ヶ月前まで付き合っていた元彼位なものである。
「……………………」
不意に思い出した、愛しい人の名を画面に表示させてショウコは唇を噛んだ。もう、あれから一ヶ月が経つ。経って、しまった。
この一ヶ月間、最愛の人からの電話もメールもない日々を過ごしてきたのだということがショウコには信じられなかった。好きで、ひたすらに好きでいて、毎日のように言葉を交わし、週に数度は顔を合わせ、想いのままに触れ合った、誰よりも大切であったひと。
そんな恋人との別れは突然にやってきた。雲一つない空に、細い三日月の上った夜のこと。一ヶ月前のあの日、いつものように予備校の前まで迎えに来てくれた彼氏が口にした全ての言葉を、ショウコは一言一句確かに覚えている。開口一番は『別れないか』だった。
『え………?』
『何て言うかさ、お前。ちっとも喋らないし笑わないだろ?』
何の脈絡もなく切り出された別れに、戸惑いを露にしたショウコには構わずに最愛の人は続けた。『何考えてんのか、分かんねえんだよな』とぼやきながら、頭を掻いた。それは、その人が困った時にする仕草で。ショウコはがんと頭を殴られたようなショックを受けた。

『一緒にいても、つまらないんだよ』

――それがどんなに残酷な言葉であったか、分かっていてその人は口にしたのかどうか。

好きで、大切で、愛しくて、側にいるだけで頑なな心が解けていくのを感じていた。
……のは自分だけだったのだと知らされて立ち尽くしたショウコに、恋人は告げた。『じゃあな』と、軽々しい言葉で齎された無慈悲な別離(おわり)に涙することさえ出来ず、ショウコは帰路に就いた。
衝撃が強過ぎたのだ。悲しいとか寂しいとか、納得がいかないだとかそういった感情すら持てなかった。ただ、ふらふらといつもの帰り道を辿り、いつもの場所を通り過ぎた。無人の公園。馴染みの店。近所の川縁……で、思わぬ人物に、

『………あれ?』

キョトンとこちらを見詰めて声を掛けてきた、空色の少年に、

『もしかして、この前パーティーで会った………』
『あ……っ』

空色のウインドブレーカーを羽織った、その色の名を持つ少年に出くわすまでは。

以前、招待された音楽の祭典で出会ったその少年の名を、ショウコは覚えていた。『ソラ君、だったわね』と、するりと彼の名が出てきたのは彼に対して、それなりの印象があったからだ。
あの場所で、彼の披露したステージ。他にも好評を博した曲はあれど、疾走感のあるメロディーに乗せられた歌声は独特の温度を持っていて、合唱部であるショウコの耳をも震わせた。それに加えて、個性的な名前、
『覚えていてくれたんだ。ありがとう』
とくれば、忘れる方が難しいのだけれどもソラはそう言って笑った。

ショウコの記憶が確かなら、彼の出で立ちはパーティーの際に見たものとあまり変わりがないように思えた。後々聞いたところによると、青系統の色が好みで、ついついワードローブも似たような色ばかりになってしまうのだという。
加えて、脇に抱えた白い筒までステージで携えていたものと全く同じで、これについてはショウコが訊ねる前に彼の方から答えを明かした。天体観測をするのだと。こちらの顔を覗き込んだ瞳が、不意に凛とした輝きを宿した。それはさながら、一点の曇りもないブラックスターの如くに美しく。
『見た感じ、ショウコちゃんは今、学校の帰りなのかな?』
『学校から予備校に直接行って、その帰りなのだけれど』
『そっか。それじゃあ、早く帰らないと家の人が心配しちゃうかな? 
もし、そうでなかったら。ちょっと、星を見て行かない?』
にっこりと微笑み掛けた彼の笑顔を、幼い子どものように見せた。
純真無垢で、汚れを知らない瞳は無邪気な言葉でショウコに誘いの手を差し伸べる。だが、生憎、失恋をしたばかりのショウコは到底そんな気分にはなれない。
ズキズキと痛む、この心を抱えたままで呑気に天体観測など、とてもじゃないがする気になれなかったのだ。しかしながら、ショウコの返答を待たずにソラは続けた。

『アルビレオさんをショウコちゃんは知ってるかな? パーティーの時に、凄く丁寧な話し方をする猫さんがいたと思うんだけど』
『え、ええ……アルビレオさんとは少し、話はしたけれど?』
『じゃあ、彼と同じ名前の星があることは知っている?』

そう、それは幼い子どもの口振りだった。まるで宝物を自慢するかのような口調で語り出したソラに、ショウコは戸惑いながらも返答した。『聞いたことはあるわ』と素直に返したのは、誘いを断るタイミングを逃してしまったからだ。
何とか自然に、やんわりと断るタイミングを掴もうと一先ずは、話に乗った。しかし、そんなショウコの胸中など知る由もないソラは、ますます喜んでしまう。

『そっか。結構有名だしね。アルビレオは白鳥座のベータ星で、丁度今の時期が見頃なんだよ。そう、今夜とか……ね』
『そうなの。……でも、申し訳ないけれど私、』
『アルビレオって二重星でね、これ位空が澄んでいる夜でないと、二つとも見るのは難しいんだ。だから今日は絶好の観測日和だよ』
『あの、ソラ君……』

――一体彼は、どれだけ星のことが好きなのだろうか。
熱弁を振るうソラには、ショウコの言葉は届いていないらしい。穏やかでおっとりとした男の子、というショウコの第一印象を覆す喋りは立て板に水、いや、同じ水なら水を得た魚、と表すべきだっただろうか。
突然の失恋に打ちひしがれたショウコは、星を眺めるだけの余裕もなかったが、顔を綻ばせてはしゃぐ彼の勢いを止めるだけの気力も持ち合わせてはいなかった。そして、気が付けば。

『デネブの側の星団もはっきり見えると思うんだ、今夜は……ね? 
だから、ショウコちゃんもおいでよ。いつもこの時間は更紗ちゃんとパルとで観測しているんだけど、二人もきっと喜ぶからさ』
『あ……うん……そう、ね……』

断り切れずに、ソラの誘いを承諾してしまった自分がいたのである。