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月のひかり、星のかげ

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これ以降、ショウコはソラの日課である天体観測に付き合うようになり、共にいる内に自然と携帯のアドレスを交換する流れとなり、今に至っている。失恋をしたその日に再会した少年に、たったそのことだけで運命を感じたり、好意を覚えたりということは決してないし、別れた恋人のことを思えば今でもこの胸が疼く。
――矢張り、まだあの人のことが好きなのだと思っている。しかし一ヶ月経った今、ショウコは、あの日、ソラに出会えたことを良かったと思い始めていた。星の見当たらない空を見上げながら、思い返す歌。

『……A star saw everything.』
『ソラ君……?』
『It was watching from the dark sky even on the day when――』

その星は全てを見ていた。

僕が生まれたその日にも、遠い空から見詰めていた。

失ったその日にも、泣いたその日にも、終わりを迎えたその日にも――…

「それじゃあ、今日はここまで」

キーンコーンカーン、という有り触れたチャイムの音でショウコがハッと我に返ると、講師は授業の終わりを告げ、先程出された問題の解答が黒板に記されていた。時計を確認すれば、随分と長い時間思い耽っていたことに気付く。学生の本分を疎かにしてしまった。
ショウコは手早く丸付けをすると帰り支度を始めた。自省に肩を落としながら、窓の外をもう一度眺める。雨が、降り出していた。


* * * * *


ショウコは、泣くことが苦手だ。元々感情の起伏が薄いタチであるし、この年にもなって泣くのは情けないと言う理性がとても強いのである。
故に、最愛の人に振られたあの日にもショウコは泣かなかった。――それ以前に、あまりのショックに心が凍り付いてしまったのだけれども、ともあれ、ソラと顔を合わせ、彼に連れられて河原に辿り着いた時点で、ショウコは涙の一滴も流していなかった。

『こーんばーんはっ! ソラ君! ……って、あれ?』
『コンばんウパ! キョウはショウコもイッショウパ?』
『うん、さっきすぐそこで会ってね。誘って来たんだ』
『…………今晩は』

ソラの言った通り、河原には既に先客がいた。星の精霊である更紗と、宇宙の何処かからやって来て、今はこの近くの美容室に居候しているというパルだ。にこやかに出迎えた二人に取り敢えず挨拶をしながらも、ショウコは疑問を感じずにはいられなかった。
何故、自分はこんなところにいるのだろう。何故、自分はソラに流されてしまったのだろう。……星を見るような気分ではないのに。

『すぐ準備をするから、ちょっと待ってて』

だが、そんなショウコの思いとは裏腹にソラは望遠鏡の組み立てを始める。パルはそれをじっと待っている。更紗はこちらを気に掛け、話を振ってくる。『ねえ、ショウコちゃんは――…』、そう、世界は自分の気持ちなどそっちのけで、絶えず回り続けているのだ。

『キョウはナニをミられるノカ、タノシミウパ』

やり場のない想いを抱える自分を、置き去りにして。

『ショウコちゃんも星に興味を持ってくれたのなら、嬉しいなっ』

愛する人を失った自分を、独りにして。

『……A star saw everything.
(その星は全てを見ていた。)』

そうして、ショウコが独り、悲嘆に暮れている時だった。小さくも通りの良い、存在感のある声がその耳を震わせたのだ。その声は優しいメロディーを伴っていた。
尚且つ、知らない詞(ことば)の形を取って発せられた声に、ショウコは首を傾げる。『……ソラ君……?』と声を掛けたショウコだったが、望遠鏡を組み立てながら歌う彼の耳には届かなかったらしい。彼は続けて口ずさむ。

『It was watching from the dark sky even on the day when I was born.
(僕が生まれたその日にも、暗い空から見詰めていた)』

それは、異国の子守唄なのだろうか。わくわくとした子どもの表情から一転、そんな子どもを見守る親のような、柔和な表情でソラは歌う。恐らく、誰に聞かせるでもなく、気分の良さからついつい歌い出してしまったに過ぎないのだろう。そんなショウコの推測を悟ったかのように、更紗は囁き掛けてきた。
『ソラ君ね、あの歌好きみたいなの。良く歌ってるよ。……意味は全然分からないけれど』。
更紗はそう言って苦笑いを刻んだけれども、ショウコには分かる。

『It saw the great affection and the blessing to me,and――
(それは見ていたんだ。僕への惜しみない愛情も祝福も、そして)』

英語教育には力を入れているという私立校に、ショウコは通っている。その恩恵を思わぬところで実感しつつ、ショウコは暫しソラの歌に耳を傾けた。単純に、彼の歌は上手であったし、好みの声であったからだ。それ以外に理由はなかった。……ない筈だった。

『A star saw everything.It was watching from the dark sky even on the day when――
(その星は全てを見ていた。僕が失ったその日にも、暗い空から見詰めていた。)』

一度は子守唄かと思ったその歌は、優しいメロディーに反して残酷な詞を乗せ始めた。
『The wish not fulfilled and prayer have fallen like the shooting star
(叶わなかった願いと祈りは、流れ星のように落ちてしまった。)』しかしソラの表情や声のトーンは変わらない。澄み切ったテノールが心の底に沁みてゆく。

『It was watching from the dark sky even on the day when I cried.
(僕が泣いたその日にも、暗い空から見詰めていた。)』
泣くことなんて出来なかった。例え心が涙を流していたとしても。

『The person who loved left.A dear person was not found.
(愛した人は去って行った。恋しい人は見当たらなかった。)』
最も大切にしていたものが失われた今、この心に蟠る想いを、

『It watched from the far sky that the solitude named “I” was shone on.
(僕という名の孤独を照らすように、遠い空から見詰めていた。)』
まるで言い当てるかのように紡がれる歌に、感じるものは何であろうか。ショウコは、草むらの上に腰を下ろしてその歌に聞き入った。

この歌の背景にあるものは全く分からなかったが、淡々と歌われる哀切に同調する――ああ、自分は悲しいんだった。その一方で、反抗も覚えた――星が幾ら見ていようとも、この孤独感は拭えない。しかし、理解は出来る――きっと、この詞の主人公もままならない思いを抱えている。ぽたぽたと垂れる雫のように、胸に落ちてくる単語の一つ一つに、心を揺さ振られた――私と同じように。

『……………………』

夜風に冷えた頬を熱いものが伝う。