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月のひかり、星のかげ

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ぬかるんだ土手を慎重に登り切って、アスファルトの道へと戻る。そこから橋桁を振り返ると、ソラが小さく手を振っているのが見えた。それだけのことにも、胸が温かくなるのを感じる。肌寒い夜に際立つその温もりを感じながら、ショウコは足早に家路に就いた。
ぱしゃぱしゃと水溜りを踏み締めて、帰りを急ぐ。ローファーに泥が撥ねるのも気にせず、自分を呼ぶ幼馴染の声も気にせず、

「ショウコ! ……呼んだら一度で振り向けよ、おい」
「……え? ……歩人(あゆと)?」

と、いうわけにはいかなかった。背後から二度、名前を呼ばれて振り返ると、そこには暗闇に映えるオレンジ色の頭をした少年の姿があった。
呼び止めた彼は、ショウコの弟と同じ年の、しかし人懐こい弟とは正反対につっけんどんで、だが弟とは大の親友である古尾谷歩人だった。
蝙蝠傘の下で、歩人はにいっと口角を上げる。目付きの悪さが問題なのか、それとも性格の悪さが表れるのか、彼の笑顔はいつも皮肉げだ。――誰かさんとは大違いだ。それはさて置き、「今晩は。……うちへ来るところ?」と取り敢えず応対する。
「まあ、そーゆーこと。……悪かったな」
「別に悪くはないけれど、良くそんなしょっちゅう親御さんと喧嘩していられるわね」
「俺は悪くねーっつの。ンだよ、ショウコまで俺に説教すんのか」
歩人の家庭は彼の素行不良からか、それとも別の問題からか、親子喧嘩が堪えない。その結果、家を閉め出されてショウコの家を、というかショウコの弟であるショウを頼って泊まりに来ることが非常に多いのだった。
そのことを口にすると歩人は仏頂面を浮かべたが、すぐに先程の嫌らしい表情に戻った。「んなこと言ってっと、ショウの奴に言っちまうぞ?」と勝ち誇ったように呟く。

「さっき河原で話してた奴さ、何? 新しいカレシ?」
「貴方、見ていたの? ……いつから?」
「『滅相もございません』の辺りから。ショウコって意外に、男のこと下に敷くタイプだったんだな。初めて知ったわ俺」
「違うわよ。……そもそも、ソラ君は彼氏なんかじゃ」
「さってと。じゃ、俺、先に行ってショウに報告しとくから」

弁解を試みたショウコだったが、歩人は聞く耳持たずで先を歩こうとする。「だから、違うのよ!」と言いながら追い縋るショウコに対して「そんなムキにならなくたっていーだろ、別に」と言い放つ歩人は楽しげだ。肩越しに不敵な笑みを寄越して、勘違いの末の決定打。

「割と似合いだったぜ?」

一定の距離を保っている。それは決して短くはない。
特別扱いしているわけじゃない。けれども、自ら声を掛けようと思える存在。
幼馴染の揶揄を否定しながら、ショウコは自宅へと帰り着いた。そして傘を手に彼の元へと引き返す。彼は、不思議な存在で。
想い人にするには、早過ぎる。けれども、河原へと戻る間も頬へと上った熱は中々冷めなくて、平静を装うのに少々苦労したのだった。