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月のひかり、星のかげ

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第三話 月と星と空




『ありがとうございました〜っ!』

明るい店内に相応しい明朗な声が仲良くハモって礼をする。にこやかに頭を下げた若い男性店員達に、女性客は満足気に一礼を返して出て行った。このコンビニエンスストアは、接客態度が良いと評判なのだ。そんな世間の評判など露知らず、しかしその接客レベルを保っているのが「あ、そーだ。トイレの紙入れとかなきゃ」と呟いたタローと、「さっきやっておいたよ」と言ったソラだったりする。
「あ、ホント? サンキュー、ソラ」
「どう致しまして。今晩はお客さんが少ないね。暇が多いな」
「だよなあ。トイレ掃除もやったし、品モンのチェックもしたし、レジの小銭の補充もやったし……やることもうないじゃん」
たいくつー、と背後の電子レンジに凭れながら伸びをしたタローに、ソラはクスクスと笑った。現状をつまらないと駄々を捏ねる子どもとそれを微笑ましく見守る保護者、といった構図の二人であるが、実際の年齢は逆だ。
「じゃあ、本棚の整理でもしようか」とカウンターを出掛けたソラを、年上のタローは「あ、ちょい待ち、ソラ」と名前だけで呼び、年下のソラは「何? タロ君」と君付けで呼ぶ。
ソラが振り返ると、タローは頬を掻きながらおずおずと切り出した。

「あー……あのさ、訊きたいこと、あんだけど。変なことかもしんないんだけどさ……訊いて良い?」

彼らしくもない、歯切れの悪い物言いにソラはキョトンとして首を傾げた。良く言えばマイペース、悪く言えば空気を読むことの苦手な彼が改まるということは、それ相応の内容なのだろう。普段のスタンスのままでは、言い難いこと。
そこまで考えて、ソラは僅かにその目を釣り上げた。「……良いよ、何?」と厳しい表情で問い返す。タローが自分に対して言い難いことと言えば、自ずと話題は限られてくる。
「いや、ホント……ただの勘違いかも知れないんだけど、さあ」
片手で髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、タローは言い淀む。その様子をソラは冷静に眺めていた。ひどく、冷静だった。次に来るであろう言葉を推測して構えていたからだ。
タローが自分に対して持ち掛ける真面目な話題と言ったら、恐らくは、家の――…

「ソラってさ、ショウコのこと……好きなの?」

などと思い巡らせていた予想は見事に裏切られて、ソラはぽかんと口を大きく開いて立ち尽くした。「………………」無言で、暫し彼の瞳を見詰める。至って真剣な表情だ。やがて、声が出た。「…………は?」何処でどうしてそういう話になったのだろうか。

「え、それって……どういう意味で? っていうか、何で?」

焦りながらも問い返すと、タローもまた慌てふためいて「いや、ちょーっと気になっただけでね」と両手をパタパタ振った。
訝るソラに対し、「んっと……この前、二人が一緒にいるトコ、見掛けたんだけど。何か、仲良さそうだったからさ」と早口で弁解して、たははは、と乾いた笑いを浮かべる。その笑顔が妙に腑に落ちなかったが、ソラは率直に答えた。

「嫌いじゃあないよ」

単純な、二択。――好きか嫌いかと問われたならば、少なくとも嫌いではない。ショウコを嫌う理由はソラにはない。しかしながら、

「だからって、タロ君の言っている意味で好きなわけでもないけど」

タローの問いの含意を読み取って、ソラはきっぱりとそう答えた。
不可解なことに、自分と同年代の人間はこういった類の話――…俗に言うコイバナが大好きだ。ソラには、それが良く分からなかった。
特に意識している異性がいるわけでもなければ、彼女が欲しいとも思わないからだ。故に、友人間でコイバナが持ち出される度に辟易していたし、彼との間でも浮いた話をした覚えはないのだが、今、初めて持ち出された恋の疑惑を完全に否定すると、何故かタローは安心したように笑った。
「あー……ああ、そっか。ごめん! 変なこと訊いちゃって」
「別に良いよ。誤解していたのなら今の段階で解けて良かったし。僕がショウコちゃんの彼氏だなんて、彼女に失礼だからね」
「えー? ンなコトはないと思うけどなあ……」
むう、と眉根を寄せてタローは否定したが、ソラには彼が知らないであろう思惑があった。
単純な容姿や器量の釣り合いの問題だけではなく、今のショウコが自分と妙な噂を立てられるのはショウコにとって酷なことだろうと、そう確信していた。ふと口を閉ざして思い返すのは、一ヶ月程前のこと。――表情の変化に乏しい彼女が、自分の前で号泣した時のことを思って、ソラは考えを巡らせる。

……失恋、だろうなあ。

それが、ソラの結論だった。あの後もショウコの口から、彼女が泣いた理由をはっきりと聞くことはなかったのだが、察するところはあった。あれからも度々思い詰めたような表情で河原を訪れたり、恋愛の絡んだ星の神話を聞かせるとその整った顔を歪めたり、ということがあったからだ。
そして、それ以上にソラは自分の直感を信じていた。何となく、分かってしまった。表情で、状況で、雰囲気で――…彼女の醸し出す全てのものが、かつて自分の通ってきた道にあったそれと似通って見えて、それで分かってしまったのだ。

ああ、何て歯痒い。

ショウコだけでなくソラにとっても、恐らくは誰にとっても失恋というものはあまり良い思い出ではないものだ。はあ、と深い溜息を吐くとタローは目敏く、「ソラ、どうかした?」とこの顔を覗き込んできた。そう問われたところで、仮にも先輩であるタローに『タロ君の所為だよ』と言えるわけもなくて、ソラは曖昧に誤魔化した。「ちょっとね……」と言葉を濁していたところへ、次のシフトの人間がタイミング良くやって来て、難を逃れる。「お疲れ様です」と愛想良く声を掛けてきた同僚に、二人で揃って同じ言葉を返した。
「じゃあ、神田さんが出てきたら上がっちゃって良いかな?」
「オッケーオッケー。お疲れ! 今晩も星、見に行くの?」
「うん。勿論!」
「そっか。いっぱい見られると良いね」
にっこりと見送ってくれるタローは、良い先輩だ。プライベートな質問を繰り返したり、過剰なまでの心配をしたりすることを除けば、本当に良い人なのだとソラは思っている。
しかし、その悪癖が厄介なのもまた事実だ。エプロンの結び目を解きながら、ソラはタローの悪びれのない笑顔を眺め見た。先程の問いは少々予想外だったが、あまり歓迎出来ない話題の一つではある。

「……あのさ、タロ君」
「ん? 何なに?」

これまでの話同様、何らかの対処が必要だと感じた。

「僕の恋を気にしてなんかいたら、彼氏に焼餅焼かれちゃうよ?」

ちょいちょいと手招きをして、ひそひそと耳打ちしたのはちょっとした揶揄。いつものように名指しではなく、彼氏、と形容したのは彼の羞恥心を煽る為だ。……人の恋愛沙汰に首を突っ込んできたのだ、これ位の反撃は許されるだろう。
耳に添えた手に触れた肌が上気するのを確認して、タローから離れる。「へ……っ?」と思いも寄らない一言に困惑したタローに、ソラは聖者の微笑を浮かべた。
「それじゃあ、お疲れ様でした。また今度」
「ちょ……ッ! ソラッ! 何言ってんだよぉッ!」
顔を真っ赤にして拳を振り上げたタローの罵声を背に、踵を返す。