こらぼでほすと 拾得物7
過去のことは、あまり話したくない、と、ニールは以前から言っていた。まあ、そりゃ、ライルに、過去に自分はスナイパーで金で依頼を受けて人を殺してました、とは言いたくないだろう。詮索されて困るものが多すぎて、と、ニールは笑っているのだが、ハイネも苦笑するしかない。世界の暗部に潜んでいた男が、マトモなことをしていたわけがない。それに、その仕事で稼いだ金で、弟の学費を仕送りしていたなんていうのだから、余計に言い辛いだろう。
「貧乏くじ大好きってか? 」
「ああ、好きというか、押しつけられるっていうか、そんなとこだな。・・・・別に、それは構わないんだ。」
ただ、弟に知られたくないな、なんて思っているだけだ。そういう金だと軽蔑されたくないというほうが大きい。やれやれ、と、ハイネがベッドに近寄って、ニールの額に手を置く。少し温度が高い。
「わかったよ。そっちは、どうにかしてやるから、おまえは寝てな。・・・・・フェルトちゃんたちに、せいぜい、その情けない寝姿でも拝ませてやれ。」
「はははは・・・・できたら見せたくなかったんだがなあ。」
情けないから見せたくないというわけではない。フェルトが心配するのがイヤだから見せたくないのだ。まあ、つまり、ライルが、ニールの過去を知って軽蔑するというよりも、そんな苦労をしていた兄のお陰で、自分は普通でいられたのだと思われることがイヤだということだ。五年近くつるんでいると、ハイネも、そのことに気付いている。ニールは、見た目とは違う内面があって、その部分は他人に知られたくないらしい。マイスターをリタイヤして落ち込んだ時も、最初は、じじいーずにすら、その面を隠していたからだ。今は、かなり曝け出しているが、マイスターちには見せたくないのは、以前と同じであるらしい。
午後前に、騒々しい一団がラボへ顔を出した。お見舞いだから、と、歌姫は花束なんてものを持参した。
「大袈裟なことしなさんな、ラクス。・・・・お疲れ様、ミス・スメラギ、フェルト。」
ベッドを起こしていたら、ティエリアが走ってきてベッドに飛び乗る。今日は、水色のドットプリントのワンピースに、同じ色のリボンだ。おもむろに、手を伸ばしてニールの額に手をやる。
「ねちゅがありゅじゃにゃいきゃっっ。」
「まあ、ちょっとな。」
その言葉で、フェルトが先に動いた。すぐに、ベッドをフラットに戻してから、「ただいま、無理しないで。」 と、声をかける。
「大変だったろ? 」
「ううん、大丈夫だよ。ニールもお疲れ様。」
「俺は、なんもしてないぜ? ・・・・明日ぐらいには起きられるから、お疲れ様記念にデートしてくれよ? フェルト。」
「いいよ。でも、ちゃんと起きられてからね。」
手厳しいねぇーとニールが苦笑すると、傍にスメラギも近寄ってきた。小さなティエリアとフェルトに囲まれても、ハーレムに見えないところが、ニールらしい。
「大したことはないようね? ニール。」
「ああ、いつもこんななんだよ。お疲れさん。」
「どうにか乗り切れたわ。これからもよろしくね。」
はいはい、と、笑って、お互いに握手する。組織は存続する。だから、ここがマイスターやフェルトたちの地上待機所であることは変わらない。これからも、世話になるのは確定だ。了解とニールも答えて、お互いに、ほっとした顔になる。一時的な平和というのが恒久的なものではないと理解しているが、それでも一時でも、活動しなくていいのは安堵する。
「ラクス、やっぱりニールの看病をしたい。」
そして、フェルトは予想通りの言葉を吐き出した。あらあらと歌姫も微笑む。
「こらこら、フェルト。ラクスと付き合ってやれ。だいたい、その格好でデートするのか? もうちょっと俺がドキッとするような姿で誘ってくれよ。」
「でも・・・・」
「寝てるだけだから、看病なんていらないんだよ。それより、お洒落な服でも探しておいで。ラクスなら詳しいからな。・・・・・ラクス、頼むぜ。」
「お任せくださいな、ママ。」
とびっきりの美女に仕上げておきますわ、と、ラクスは了承する。宇宙にいることの多いフェルトは、服装に無頓着だ。たまにしか降りてこないのだから、地上で、そういう楽しみを満喫すればいい。
賑やかな一団が帰ると、やれやれとニールは、力が抜ける。軽く気合を入れていたから疲れた。明日には、回復すると、ドクターにも言われているので、二、三日したら、あちらの一団に合流しようと考えていた。
歌姫が所有しているヘリは一機ではないし、パイロットも一人ではない。エアポートに駐機しているヘリは民間会社と契約している。こちらは、指示があれば、動くということになっている。
夕刻に、そちらへ刹那たちは出向いて、カードと身分証明を提示して、そこから別荘へ向った。着陸許可の段階で、ハイネにはバレたが、下ろしてはもらえた。
「こういう時に奇襲かけるってーのは感心しないぞ? せつニャン。」
「こういう時だから逃げられないだろう。・・・・ライル、ニールは医療ルームだ。行け。」
ハイネと対峙している刹那は、背後にいたライルを行かせる。やれやれ、と、ハイネは息を吐く。聞きたくない言葉を聴かされる身にもなってやれ、と、呟いた。
「仲違いする類のことじゃない。」
「わかってるよ。それでもな、せつニャン。やっぱ、聞きたくないんだと思うわけさ。」
「だが、聞くべきだ。あいつは自己完結しているが、ライルはしていない。」
せっかく言葉で伝えられる距離にいるのなら、それは伝えるべきだ。分かり合えるなら、その努力はするべきだと刹那は考えている。ニールが言わないことを、ライルは聞きたいと言うのなら、そうすればいい。それで、ニールが言いたくないのなら、言いたくないと、はっきりと突っぱねればいいのだ。
「わかるけどさ、ママニャン、今、具合が悪いんだぞ? 」
「だから、都合がいいんだ。こういう時なら、ニールも隠さないからな。」
具合が悪いから、いつものようにかわすことが難しくなる。ストレートに言葉になるはずだ。
「ヤなガキだよ、おまえさんは。あんま、大人の本音は暴いちゃいけないんだ。・・・・まあ、いいだろう。」
悪いが阻止できなかった、と、内心でハイネはニールに謝って、踵を返す。刹那がどうしようと関係ない。
かなり落ち着いてきたので、ドクターも別荘のほうで休んでいる。ニールの腕につけられているバイタルサインが異常を報せたら、すぐに連絡が入るようにはなっている。
まだ寝る時間ではないから、ニールも起きていた。足音で視線を移して、あーあーとがっくりした。ハイネは、どうやら阻止に失敗したらしい。
「どうした? ライル」
「・・・うん・・・・具合は?」
「こんなもんだろ。」
まあ、座れ、と、付き添いようの椅子を指し示すと、大人しくライルも座る。しばらく、じーっと黙り込んでいるので、ニールも、そのままだ。テレビでもつけるか? と、リモコンを操作しようとして、その手は止められた。
「あの、あのさ、兄さん。・・・・・クルマ・・・・」
「うん? 」
作品名:こらぼでほすと 拾得物7 作家名:篠義