再会
駆け出しそうになる体を必死に抑えながら、官兵衛殿の隣に立つ。
「ここ、空いてるよね?」
とびきりの笑顔で声を掛けると彼が微かに目を見張った。その反応で分かった。官兵衛殿も俺のこと覚えてるんだ。
柄じゃないけど、神様に感謝したい気分だ。
それにしても相変わらず表情が硬いんだから。
座りながら俺はからかいの言葉を口にしようとして、――次の瞬間、笑う余裕すらなくしてしまった。
官兵衛殿が無言で俺から距離をとったのだ。
焦ったようにして。
……いいや違う。認めなきゃいけない。
彼の目に浮かんでいた感情、あれはそんな軽いものじゃなかった。絶望だとか恐怖だとか、そんな言葉の方がおそらく近い。
がたん、と彼らしくもなく大きな音を立てたものだから、何人かがこちらを見た。
だけど官兵衛殿はそれにすら気づかないらしい。数席俺から距離を空けて、ぎこちない手つきで文庫本を開いている。
そして俺は。
周りの様子に気づくだけの冷静さはかろうじて残していたけれど、だけどそれだけだった。
自分の体から血が引いていく音が聞こえる。体と意識が分離してしまったような不思議な感覚。
なんで――俺を避けるの。
覚えているくせに。
聞きたくて、でも答えが怖くて、だからと言って官兵衛殿を諦めるなんてできなくて。
気まずい沈黙を振り払うように無理やり明るい表情を作った。
「もー。初対面の人間に、その態度はないんじゃない?」
ひどいなぁ、なんておどけた調子で言えば、官兵衛殿が俺に視線を向ける。じっと探るような目だ。残念ながらその視線の意味は分からない。
俺が首を傾げると、彼は小さく息をついた。
「…………」
薄く開かれた唇がそのまま次の言葉を紡ぐのを待つ。
官兵衛殿は迷うように数度口を動かし――
だけど結局どんな言葉も聞けないまま、先生が来て授業が始まってしまった。
どさくさに紛れて俺は官兵衛殿の隣に座る。彼はちらりとこちらを見たが何も言わず、ただ今度は避けることもしなかった。
それだけのことに酷くほっとする自分が情けない。