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ひたぎブラシ

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「いや、もうすでに、されたのですが・・・」
「ほら、阿良々木くん。あーんして。」
「・・・あーん///」
急に恥ずかしい思いになった。
口の中を見られるなんてせいぜい歯医者くらいで、恋人はおろか、家族すら、見ないだろう。
僕は、つい先日、見たが・・・
だが、こう見られるというのは、どうにも・・・
戦場ヶ原に、僕の、見られている・・・
そう思ったら、どんどん恥ずかしくなってしまう。

そうこうしている内に、毛先が僕の歯に触れた。
!?
な、何だ、この感じ!?
これが歯磨き、だと!?
自分で磨いていないから、口の中いっぱいに不自然さが際立つ。
と同時に、人に見られてゴシゴシされる。
「ーっん、ぁ。」
思わず、変な声が出た。
戦場ヶ原の磨き方は、すごく丁寧だ。
歯だけじゃない。
歯茎も磨くのだ。
外側、内側、角度を変えて、一つ一つ磨きあげる、職人というべきか。
ただ、その丁寧さが、僕に快楽に似た刺激を与えてくる。
あの時だ。
火憐ちゃんにやったことが、僕に全て降り注いできている。
さすがに、これ以上はマズイ・・・!
目を開いて、戦場ヶ原に合図を送った。
「はっ、あっ・・・!」
「どうしたの?阿良々木くん。」
戦場ヶ原が動かしていた手を止める。
「あう、あう・・・」
水の入ったコップを指差す。
「あら、お水?」
「んぐんぐ!」
と上下に、首を振る。
よし、僕の思いは通じたようだ。
何時、誰が帰ってくるとも分からないのに、玄関でそれなりに成長した男子が、それなりに成長した女子に歯磨きされているのだ。
誤解が生まれない訳がない状況である。
だからこそ、早く終わらせなければ。
戦場ヶ原が水の入ったコップを手に取る。
そして、そのコップをおもむろに口に含んだのだ。

「あっうー!」
僕は、堪らず開口してしまった。
「んくんくんく。ぷはぁっ。」
戦場ヶ原から喉が上下に動く様が見て取れる。
「んっーーー!」
ほどよい大きさの泡が、ぼとりと僕の上着へ落ちた。
「あら、どうしたの阿良々木くん?」
「んごっ、んごっ!」
必死に戦場ヶ原が手に持っているコップを目いっぱい指差す。
それは、僕が口を濯ぐための物であって、来客用にではない。
いや、来客用に出さなかった、僕が悪いのか?
「ごめんなさい、喉が渇いてしまってて。もう、綺麗になったわ。洗面所で濯いできてちょうだい。」
「んご!」
え?綺麗にしてしまった?
「5分も経たずに、阿良々木くんの歯を綺麗にしてしまったわ。どうしたの、不思議そうな顔して?」
本来なら、僕が水を要求したのだから、僕の負けのはずだが・・・戦場ヶ原から切り上げた形に。
これは、どういうことだ?
そもそも、5分耐えるという流れではなかったのか?
「あら、そういえば、5分耐えたら、勝ちというゲームだったわね。でも、5分も磨いてしまったら、血が出てしまうのではないかしら?そうまでして、阿良々木くんから勝ちを得る価値があるとも思えないわ。久しぶりに、間近で阿良々木くんを見れて、嬉しかったわ。私の負け・・・ごめんなさい、阿良々木くん。」
「――――////」ボタボタボタ
赤面しながら、口をだらしなく開けていた僕が居た。
「阿良々木くん、零し過ぎよ、早く濯いだ方がいいわ。」
「んっーーーー!」
慌てて口をふさぐ。
どうやら、ご機嫌は戻ったようだ。
何故かは、分からない。
分からないが、感じることは出来た。
それで十分じゃないか。
安堵しつつ、口の中が暴発仕掛けそうになるので、早々に洗面所へ駆け込んだ。
上着を置きっぱなしにしたまま。

――戦場ヶ原ひたぎが玄関でヒールを履いたまましゃがみ込んでいる。

流石に、しゃがみ続けてるのは辛い。
少し座らせて貰いましょう。
そう思い、沓脱に腰かけた。
阿良々木くんは、洗面所に駆け込んでいった。
濯いでいる音が聞こえる。
私は、隣に無造作に置かれている、歯磨き粉で、少し、というより、大分汚れてしまった、阿良々木くんの上着のポケットから、メモ書きを再度取った。
恋人とはいえ、その行為が許されることでは無いだろう。
阿良々木くんが、膝かけにした時、ポケットから、少しはみ出ていたのに気付いてしまった。
阿良々木くんが目を瞑っていたので、片手で歯を磨いてあげて、片手でそれを手に取って見てしまった。
つい、見てしまったのだ。

綺麗に4つ折りされていたので、開くのは簡単だった。
中には、遊園地のアトラクション名と、ある時刻からある時刻までの時間が記載されていた。
昨晩、阿良々木くんと電話したのは、日付が今日に変わる頃。
互いに会えない日があったりした日が多かったが、電話では繋がっていた。
そこで、私は、例の遊園地の新アトラクションの話を何気なしにした。
そうしたら、阿良々木くんは、明日行こうと誘ってくれた。
急な話だった。
私は、デートの口実を作っただけで、場所なんか何処でもよかった。
公園で話が出来れば、それでよかった。
阿良々木くんの近くに居れれば、それでよかった。
でも、新しい場所で、新しい思い出が増えることに嬉しさはあった。
だから、行くことに賛成した。
というより、私が持ち掛けた話しだ。
私の我儘に、阿良々木くんが賛成してくれたことになるはず。
それを、私は、久しぶりの遠出デートにも関わらず遅刻する阿良々木くんに少しイライラしてしまったのだ。

メールには寝坊の理由は無かった。
このメモ書きを見る限り、電話の後、阿良々木くんは、この遊園地の事を調べたのだろう。
それが、寝坊した理由を言えない理由だったのかもしれない。
もう少し、大人になるべきだった。
大人になるというのは、どういうことか、正直分からないけど・・・。
でも、大人になることに近づく手掛かりは、色々とある。
ごめんね、阿良々木くん。
ありがとう。

――戦場ヶ原ひたぎが、メモ書きを4つ折りにし、元あった上着のポケットにそっとそれをしまった。

歯を濯いで、顔を洗って、タオルで拭く。
そして、そそくさと歯磨きセットを片づけて、玄関で待ってる戦場ヶ原のとこに戻ってきた。
「悪い、待たせたな、戦場ヶ原。」
「いいえ。歯、綺麗になった、阿良々木くん?」
戦場ヶ原が、立ちあがって僕に言った。
「ああ、凄いツルツルしてるぜ。歯医者で磨いてもらうようなくらいに。」
「じゃあ、また今度歯ブラシでゴシゴシしてあげるわ。」
「う、嬉しいが、やっぱり恥ずかしい部分があるからなぁ・・・」
「歯ブラシが恥ずかしいなら、鉄やすりでゴシゴシしてあげるわ。」
「是非、今度も歯ブラシでゴシゴシしてくださぁい!てか、鉄やすりで歯をゴシゴシなんかしないだろ、歯から歯ぐき、歯ぐきから神経までいっちゃうぞ!」
「神経すり減るとは、このことね。」
「上手い事言って、ドヤ顔するんじゃない・・・!」
「でも、阿良々木くんも磨いてるんだし、私ももっと磨かないと。」
「え?いや、僕の歯を磨いたのは戦場ヶ原であって、って、あれ?さっき朝晩磨いてるって・・・昼ご飯後も磨くのか?」
「―――女をよ。」

「えっ。何だ、急にどうした・・・?」
恥ずかしくて、少し赤面しているであろう自分が居る。
作品名:ひたぎブラシ 作家名:マッキー