比翼連理
5. 涙ノ理由
-1-
「よく、このような状態で地上に戻ったものだ。おまえはどれだけ私の心を掻き乱せば満足するのか」
冬の湖底のように静かな双眸が曇る。
覚醒したばかりの力、『再生の力』を使って冥界の秩序を守ろうとした彼は見た目以上に、その内なる小宇宙は衰弱しきっていた。この者にとってはそれが『再生の力』などとは知らずにやったことではあるのだろうけれども。
この状態に気づかなかったアテナの未熟さを呪う。いや、気づくことなどさせなかったのだろう、この者は。
「――――ペルセフォネ」
深い眠りの淵から戻る気配はない。地上の光を凝縮した金色に輝く髪は静かな呼吸とともに波打つ。この光をどれほどの時刻を越えて待ち望んだことか。
今はただ、眠ればいい。
おまえの存在を脅かすものはいないのだから。
いや、脅かすものはここにもいるやもしれぬ。
双子神はおまえの存在を疎んじている。
死と眠りを司る二神は神代の時からそなたを排除しようと画策していたのだったな。
二神にとって、再生を司る神は邪魔な存在でしかない。
『ハーデスさま。よろしいでしょうか』
戸惑うように遠慮がちに心話がかけられる。
『ラダマンティスか。何用だ』
『それが……双子神たちのお戯れが目に余るものでして。ジュデッカまでお戻りいただき、お二方をお諌めいただけないかと』
『戯れが目に余るとな?抽象的なことを申さず、はっきりというがよい。パンドラを担ぎ出そうというのであろう、あの者たちは』
同じ人間であるならば、少なくとも自らが見出したあの娘を、余の元に据え置きたいという魂胆であろう。
『恐れながら、ハーデスさま。今、御傍に置きおく者はアテナの息のかかった者。しかも、その者は聖戦において貴方様の命を狙った不逞の輩。冥界のものであれば危惧するのは当然のことかと』
『聖戦だけではないぞ。ラダマンティスよ』
『は?……おっしゃられる意味が判りかねますが』
くすりと小さくほくそ笑む。
深い眠りの中にある者の聖衣を纏わぬ滑らかな白い肌に指先を這わせた。
『―――神代の時代、攫ってきた時にも幾度となく、この者は余に挑んできたわ。己が信ずる正義を振りかざしてな。その度に被害を被っていた双子たちにはいささか同情する』
『はぁ……然様でございますか』
ラダマンティスの呆けた答えが返ってくる。恐らく、ただの痴話喧嘩程度を想像しているのであろう。実際には冥界の存在自体が危ぶまれるほどの聖戦にも等しい争いだったのだが。
それを一々説明するのは馬鹿げていると思い、そのまま勘違いをさせておく。
『ジュデッカに一度戻る。ティターンの動向も掴んでおく必要があるからな』
アテナが地上の平和を守るように、ハーデスもまた、冥界の平和……秩序を守るために、冥府の檻に閉じ込められたティターン一族の叛乱を抑えていた。
しかし、聖戦の影響で冥府の檻が開いてしまった。
つくづく、アテナを恨めしく思う。
此度の不始末、しかとアテナに償わせてやろうと強い意志を顕にした。