比翼連理
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「―――そなたたちの言い分は呑めぬ」
ジュデッカに姿を現したハーデスに勇んで忠言した双子神であったが、その返答に苦虫を潰したような表情で互いの顔を見合わせた。
三巨頭たちは静かに事の成り行きを見守っている。
「パンドラの地位はそのままで構わぬ。が、しかし『アレ』をアテナにくれてやるつもりはない」
玉座に凭れ、愛剣を玩びながらハーデスは冷たく言い放った。
「いかに、冥王のおっしゃられることといえど、従うわけには参りませぬ。危険すぎます。あの者は―――アテナの飼い犬!貴方様を謀り、誅するやもしれませぬのに―――!?」
タナトスは次の言葉を発することなく飲み込んだ。
ハーデスの残酷な瞳がタナトスに向けられ、玩んでいた愛剣の切先が差し向けられたためだ。
「飼い犬と?今、そう申したか?余の聞き間違えか、タナトスよ」
背筋が凍るほどの冷たい瞳がタナトスの動きを封じ込める。
「……謀ったのはおまえたちではなかったのか?『アレ』を陥れ、余とアテナと戦をさせんがために。冥府の闇たちにでも唆されたのではないのか?」
「あれは……事故でございます。決して貴方様を謀るつもりはなく、私たちはただ、その剣を貴方様に献上したく思ったまでで」
妖しく光を放つ剣に視線を泳がす。
「そうであろうな。おまえたちは悲しいまでに短絡的な思考しか持たぬ、浅はかな古の神であるからして、あのような愚かな行為をしたまで。そう思い、今まで飼ってやったのだ。己が立場を忘れるでないわ」
ぎりりと苦虫を潰したような表情でヒュプノスが声高らかに上げる。
「どうか、冥王よ、我らが声を聞き給え。あの者は決して、ペルセフォネ自身ではない!あれは人間。黄金聖闘士のシャカという男に、ペルセフォネの魂が―――」
「黙るが良いわ!」
厳格に言い放ち、有無を言わせぬうちに在るべき場所へと双子神を押し戻す。エリシオンという牢獄に。
「愚かなほど可愛いものたちよ。しばし、その場にて頭を冷やすが良い。して、ラダマンティスよ、冥府の闇たちはどうなったか?」
静かに見守っていたラダマンティスは、すっと冥王の前に傅き、「恐れながら」と報告を始める。
「いまだ動きはありませぬ。地上に逃れたまでは掴んでおりますが、以降、身を隠し、力を蓄えているようです」
「ふむ。聖域の動きは?」
「は。アテナたち聖闘士どもも各地に四散し、死に物狂いで探索しているようですが、こちら同様、影さえ掴めていないようです」
しばしの間、沈黙に包まれる。ハーデスは美しい輝きを放つ瞳を伏せたまま、整った指先で愛剣を思考しながら愛撫していた。
「いかなる神が加担しているのか?冥と地、漁夫の利を得ようとするは……天か海というところか。海王はまだ完全なる復活とまではいかぬゆえ、天界の者が導いているか。だとすれば厄介なことよ」
「御意」
すっと感情を映さぬ瞳がミーノスを捉える。
「ミーノスよ。そなたは冥闘士を伴い、地上を探索せよ。そして見つけ次第、聖域に知らせよ」
「聖域に、ですか?」
真意を測りかねてミーノスが問い返す。
「そうだ。手出しはする必要はない。始末はアテナにさせよ。よいな?」
「御意」
「ラダマンティス、そなたはパンドラを見張れ」
「パンドラ様を……ですか?なぜでしょうか」
ラダマンティスは怪訝に眉を寄せた。
「双子神は諦めが悪いのでな。恐らくあの娘を使って何かを企むであろう。おまえとて、あの娘が下らぬことをして、余の怒りを買うのを見たくはあるまい?」
見透かしたようにほくそ笑む冥王にラダマンティスは心底恐れ入りながら、承諾した。
「アイアコスはここジュデッカにての守護を申し渡す。余は戻るゆえ、下らぬことで呼び出すなどないように」
すっと闇に消える冥王に三巨頭は再び頭を深く垂れた。