比翼連理
-3-
「ここは……何処だ?」
奇妙な酩酊感に苛まれながらも、ゆっくりとシャカは瞳を開き、身体を起こす。まるで深海に降り注ぐ光のようにゆらゆらと揺れる蒼い光が周囲に満ちていた。
不思議な感覚。
瞑想の果てに感じる浮遊感にも似て、現実感がまったく感じられなかった。一体どれほどの時が過ぎたのか。時間の感覚さえも喪失していた。
手を前に翳し、幾重にも薄絹を重ねたラピスラズリの色合いを放つ長衣が、己の肌を包んでいるのを知覚する。
ハーデスに意識を乗っ取られていた瞬が着ていたものとよく似た衣である。このような衣を着たことなどないはずだが、しっくりと肌に馴染んでいた。
身体を完全に起こし、さらさらと衣擦れを伴いながら、扉に近づくと、シャカは意を決して扉を開け放った。
ザァッ―――・・・・
仄かな花の香りに充たされた風が吹き抜けていった。目の前に広がる、幻想的な花園。シャカは驚きのまま、大きく瞳を見開いた。
「ああ……ここは」
冥界と地上を繋ぐ花園だと冥王が言っていた言葉をおぼろげに思い出す。
「ニュサの花園」
聖戦の折、この花園に導かれるように四散した魂のまま、この地に降り立った。四散した魂は融合し、そして渦巻く体内の小宇宙を留め置くことに耐えられず、放出した。我が身に起きた変化はわからなかったが、冥界が復活し、アテナたちが地上に戻っていったのは覚えている。
そして、冥王と契約したことも。
冥王が何を思って取引を持ちかけてきたのかはわからないが、一度は散った命に何の未練もない。アテナが地上を守るためには黄金聖衣は必要であると踏み、言われるまま柘榴の実を口にしたのだった。
気がつけば、十二宮の処女宮に舞い降りて、アテナと同僚たちが出迎えてくれた。また、元のように戻ったのだと安易に考えていたのだが。
「契約を行使したということか」
何故、こうまでして我が身を冥界に留め置きたいのか。憂えるような冥王の悲しい瞳を差し向けられた時、胸の奥で何かが痛んだ。
その腕に抱かれたとき、どこか遠くで温かさを感じていた。それと同時に湧き上がる憎悪の念をはっきりと感じた。
「私は…何者なのか……」
この狂おしいほどの想いはどこから湧き起こるのか?
この胸の痛みは?
身を焦がすほどの憎悪の正体は?
感情の嵐に意識が正常に保てそうにない。
救いを求めても、聞こえない神仏の声。
「私は……一体…どうして……」
ぐらりと周囲が歪む。大地に倒れる前に誰かが身体を支えた。