比翼連理
-3-
「そのように、飢(かつ)えた瞳で私を見るのであれば、飢えを満たせばよいものを。何故に躊躇う必要があるのか?肌を重ねたいと求めてやまぬであろうに」
距離を縮め、冥王の身体に密着する。戦いの場で纏っていた冥衣ではなく、滑らかな絹の肌触りが、黄金率の均整のとれた冥王の肉体を包んでいた。
「どういう風の吹き回しか……シャカよ」
掠れた声が響く。冥王の鼓動が早まっているのを感じる。
「契約であろう?望んだのは貴方ではなかったか?」
その身を贄として差し出し、
この実を食せば5体の黄金聖衣を
アテナに返してやってもよいぞ?
交わされた冥王との契約。
「生贄らしく、喰われてやろうというのだ。何が不満だ?私はただ知りたいだけ。知る術をおまえが握っているのだから……」
冥王の耳元に残酷に告げる。それ以上の想いはないのだということを知らしめるために。
「……なるほど。そうであろうな」
軋むように冥王が呻いた。ぐいっと力強く、引き離される。
「ならば、どのような恐怖にも、苦痛にも耐えてみせるか?」
真正面に捉えた冥王の瞳は溶けることのない永久凍土のように凍えた光を放った。
「……もとより、そのつもりだ」
引くに引けぬ―――。
墓穴を掘ったかも知れぬとどこかで思いながらも、シャカは精一杯の虚勢を張って見せた。
緊迫した静寂が包む。
そして。
「ふ……はははっ」
我が身を抱きしめるように不意に笑い出した冥王にシャカはぎょっと驚いた。
「な…何がおかしい!?」
なおも笑い続ける冥王に怒りをぶつけ、平手を打とうとした瞬間、シャカの手首が冥王に掴まれた。
冬の湖底の瞳がシャカを捉えた。
なぜ、そのように悲しい目で私を見る?シャカの心がちくりと痛んだ。
「!?」
不意にシャカの腕を背中に捻りあげ、シャカの動きを封じたのち、冥王が口づけた。形の良いシャカの後頭に冥王の手が当てられ、逃れようとするシャカを許さず、いっそう深く冥王が侵入してくる。
突然の行為にシャカは目眩を覚えるとともに、我が身の中で小宇宙が急速に高まっていくのを感じた。
その小宇宙の高まり方は異常なほどで、シャカの最大奥義である天舞宝輪を凌ぐ勢いである。
―――このままでは。
このままでは、自滅する!
恐怖がシャカを支配したとき、冥王が離れた。
「……わかったであろう?シャカよ。悪戯に余を煽るな。おまえは耐えられぬのだから」
すっかり顔色を失くし、青褪めているシャカに冥王が静かに告げる。
「一体…これは…どういうことなのだ」
声の震えが止まらぬまま、食い入るように冥王を見つめた。いまだ増幅する小宇宙を抑えようとするが、身体が内から軋みを上げていた。身体中を痛みが突き抜け、苦悶を呈した。
冥王は深い溜息をつき、憂いに満ちた瞳を伏せた。
「余が答えの鍵を握るのではない。シャカよ。いつだって、答えはおまえの中にあるのだから。余はジュデッカに戻る。このままでは、おまえを壊してしまうやもしれぬのでな」
ふっと悲しく笑うとハーデスは一瞬のうちに姿を消した。シャカは膝が抜けたようにその場に座り込む。
「答えは…私の中に……ある?」
しばらくの間、呆然と魂が抜けたように座り込んでいた。やがて、シャカの瞳に生気が戻る。
「ならば、必ずや、その答えとやらを見出してやろう」
恐らく、その答えが冥王を破滅へと導き、我が身を自由とするものであろうから。ふっと口端に笑みを浮かべた。
闇の奥底から昏い思念が迫っていることにも気づかず、ただシャカは己の中に答えを求め続けた。
あぁ遠ざかる光よ、どこにいる?
あぁ鼓動の叫びよ、届けたまえ!
あぁ愛しき光よ
やっと・・・見つけ・・・た