比翼連理
-2-
キラキラと輝く光の粒子。
この世界にはないはずの地上の光。
砕け散ってしまった。
ペルセプォネ……
なぜ、私を庇った?
憎い相手のはず。
なぜ、私の前に躍り出て私を庇った?
いつだって私の命を狙っていたはず。
光の粒子となって砕け散る瞬間、
壮絶な笑みを私に向けて。
何を伝えようとした?
発した言葉は声にならず、光の粒となって消えてしまった。
―――未来永劫、おまえを・・・―――
その次の言葉を知る術はない。
孤独の闇に落とされ、狂気の中を彷徨い続けた。
かすかな希望を求めて。
かすかな光を求めて。
ああ、どうか
私に希望を与えて欲しい
ああ、どうか
ペルセプォネよ
私に光を与えて欲しい
「―――いつのまに…まどろんでいたのか。厭な、夢だ……」
まるでつい先刻味わったかのようなリアルな感覚にハーデスは身体が震えた。もう二度とあのような残酷な出来事を味わいたいとは思わない。
『あの』出来事は恐らく己の魂に塞ぐことのできぬ傷がつくほどの深手を負わせた。
そして今もまだ、その傷からは生暖かい血が出ているかもしれない。
双子神の奸計に嵌り、危うく我が身は滅びるところであった。
だが、その後の苦しみを思えば、いっそ、その時に滅びてしまえればよかったのかもしれない。
幾度となくそう思ったのは事実である。
このような夢を見たのは、恐らく戒めの意味があるのではないだろうかと考える。間違いなくペルセフォネの光を宿す、バルゴのシャカを我が手元に置いておけるだけで満足するべきなのだと。
実際、それだけで満足は得られていた。
いや、得ようとしていた。
けれども、あの美しい光に惹かれる心は止められない。魅惑的な姿態を前に、己を抑えるのが限界に近いことは感じていた。
神ではない、人間だけが持ちえる艶めかしさに。
その肌に口づけることができたなら。
その肌に我が身を重ねることができたなら。
身も心も一つに溶け合うことができたなら。
欲望の炎が燃え上がる。
己が抱く欲望の熱を、敏感に感じ取っていたあの者の誘惑に、よく抗うことができたものだと我ながら思う。
危険な賭けを―――自らの生命さえも脅かす恐れがあることさえも知らぬまま挑んできたシャカ。
突き放すように捨て置いてきてしまった。
それほど己に余裕がなかったのも事実だが、あのままにしておいて、またよからぬ考えに憑りつかれてはいまいか、少々心配でもある。
けれども、今はまともにシャカの顔を見る自信はない。
わかってはいたことであったが、あのように如実に現された拒絶反応に今更ながら冥王は痛みを覚えた。
『――心根から好かぬ者に我が身を穢されるよりは魂の死を選ぶ!』
そう確固たる信念を持って告げたペルセフォネの意思はいまだ健在というところであろう。強引に契ろうとすれば、あの者の命は儚く消える。かといって、シャカが己に心を委ねることなど恐らく皆無に等しいであろう。
あれはアテナの聖闘士だから。
敵対する私に傾倒することのない者だからこそ、ここまで心惹かれているのかもしれない。冥界に住むことになりながらも、散り往く最後まで決して己を受け入れなかった、かの愛しき神のごとく。それでもなお、どこかで思う。どれだけの時間を要してもいい、いつか心を通い合わせたいと。
それは叶えられることない、泡沫のように脆く危うい夢なのかもしれない。今はただ、己が欲望の炎に身を焦がそうとも、決して触れてはならないのだと、戒めるしか術はない。
そんな浅はかな想いに囚われている己を、深い闇の底から誰かが嘲笑いながら見ている気がして、言い知れぬ不安を感じたハーデスであった。