比翼連理
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―――曙光の君とやらをこの手で、彼の目の前で、屠ってやろう。
羨望と嫉妬の念を抱かせた彼を己の高い矜持が許さない。残酷な快楽に酔い痴れるために、密やかにその時が訪れるのを待ったのだ。
常闇がカウカソス山を覆い尽くす頃、闇の中で男の咆哮が轟いた。不死であるがゆえに死ぬことすらできず、再生される肉体から与えられる、ひたすらに続く激烈な苦しみ。耳を覆いたくなるほどの激しい苦悶の声、そして神々の王への罵詈雑言。
ようやく静まったのは月が沈もうとした頃、わずかばかりの休息の時間が男に訪れた。ばさっばさっ大翼を羽ばたかせ、禿鷹たちが新たな試練を与えようと舞い狂う。今や遅しとばかりに啼き声を上げながら。
だが、項垂れていた男がゆっくりと顔を上げ、真直ぐに東の彼方を見つめた。希望に満ちた表情。絶望は張り付いてなどいなかった。新たなる試練が与えられようとしているのに、なぜそのように穏やかな顔をしていられるのか?
男の精悍な頬がわずかばかり緩み、黒曜石の瞳に輝きが満ちていく。
男は鎖に繋がれた手を精一杯、伸ばしてみせた。
届かないとわかっていながら、鎖が肉に食い込みその皮を破ろうとも、必死に差し伸べ追い求める。
差し伸べた指の先には――――
地平線から差し込む一条の光。
大地を滑るように広がる光の帯。
光の帯を引き連れて、黄金に輝く鳥が翼をはためかせ、向かってくる。
そして、今まさに輝く鳥が羽毛を舞わせながら、カウカソスの山に舞い降りた。
輝ける鳥は見事な変身を遂げ、淡く光を放つ神の姿を成していく。仄かに光を放つ白い指先を伸ばし、男の指へと絡める。しなやかな身体を逞しい男の身に預け、静かな接吻を与えながら。
囁く声は聞こえない。
それを許されたのは巌に繋がれた男のみ。
その唇の柔らかさはわからない。
重ねることを許されたのは不屈の魂を持つ男のみ。
風に靡く光の絹糸のような髪が曙光に照らされ、黄金の波を思わせる。
剣の柄を力なく掴んだまま、千年の呪縛のように身体が固まった。
―――我ガ見タイノハ、希望ヲ屠ラレ、絶望ノ淵ニ落チテイク男ノ姿。
―――屠ラナケレバ。
―――我ノ矜持ガ許サナイ。
干乾びた喉の奥。飢(かつ)えた心。曙光に溶けていくその美しき姿に、孤独しか知らない瞳が惹き寄せられる。
魅入られた魂は巌に繋がれた男と同じく、目に見えぬ鎖に絡め獲られていくのを感じながら。
プロメテウスよ
不滅の瞳を持つ神よ
汝の希望の光は
余の希望の光となった
プロメテウスよ
巌に繋がれし神よ
汝に希望の光は訪れぬ