比翼連理
10. 虚シキ咆哮
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「―――おのれ」
「そんなに毛を逆立てて怯えずともよい。せめてもの慈悲だ。苦しみなく、この世から消滅させてやる」
ほんの一縊りするだけですぐに壊れてしまいそうだな……高らかに嗤う声が響き渡る。
「くくっ!人間ごときの分際で、身に過ぎた寵愛を受けたことを怨むがよい」
ザァ――――・・・。
何処から吹くのか、風が無慈悲に咲き誇る花々を散らす。
空間に綻びが生じたのに気づいたと同時に、雄々しく美しい双子がシャカの前に現れた金色と銀色に輝く双子。残酷な美しい笑みを浮かべて、シャカの前に降り立った。
聖衣を纏わぬ生身の身体に容赦なく繰り出される、神の技。シャカに向けられる憎悪の念は我が身を焼き尽くすほどである。
「くぅ…っ!」
膝を折り、地に手をつくシャカ。迸る血潮は頬を伝い、口中に鉄の味を広め、可憐に咲く花々を朱色に染めあげていく。神を前にして己の力の無力なことを思い知り、奥歯が軋むほど歯噛みをする。
「―――さて。戯れは仕舞いだ。タナトスよ、この好機を逃してはならない。ハーデス様に気づかれる前に始末せねば」
「そうだな。ヒュプノスよ。二度と再生叶わぬようにしてやろう。クククッ」
「さぁ、死出の旅に漕ぎ出でるがよい……っ!?」
今まさに双子神の必殺の技が繰り出されようとした瞬間、花園が閃光に包まれた。
「ぐうう!!どけぇっ!下等な者どもっ!!」
眩むような光が消えたとき、タナトスの悲鳴に近い叫びが上がる。薄れ行く意識の中で、シャカは己の前に立ちふさがる巨大な影を見る。
「な……何だ?」
人というには図体が大きすぎる突如現れた巨大な影。まるでシャカの前に壁を作るように三つ並んだ。
「貴様たち……ここは貴様ら下等な者共が立ち入れる域ではないわっ!早々に立ち去れっ!」
再び攻撃を開始した双子を前に頑として動かぬ巨影。
「―――光、見ツケタ。光、失ウ……我ラノ王、悲シム。ダカラ…守ル」
一つの巨体が振り返り、たどたどしい言葉で告げながら、抗う力さえ残っていないシャカの身体を壊さないように、細心の注意を払いながら両手に抱えた。
「――単(ひと)つ目の化け物が、なぜ?私をどうしようというのか…?」
「大丈夫。オマエ、守ル。ダカラ……任セテ」
大きな単目を瞬かせ、秘密を打ち明けるような小声で答えた。他の二体の巨人が咆哮を上げ、双子神に襲い掛かる。
「ふははははっ!!ならば共に滅ぶがよいわっ!テリブルプロビデンス!!」
巨人の大地を揺るがすかのような断末魔の声が上がる。ドオオンと地響きを伴いながら、巨人は倒れた。
しかし、再び大量の血を流しながらも立ち上がろうとする。噎せ返るような血の匂いが花園に満ちていく。
「守ル。守ル。我ラノ、王ノ…タメ…ニ」
既に五体満足ではない体を振り絞るようにして、タナトスの技を受けながら、何度も、何度も立ち上がり、双子神に向かっていこうとする単眼の巨人。
「ふ。愚かな下等生物よ。永遠に眠りにつくがいい。エターナルドラウジネス!」
残酷に繰り出される無慈悲な神の技に恐れることなく、立ち向かっていく健気な生き物。
自らは酷い傷を負いながらも、シャカを庇い続ける愚かな生き物。
正体の知れぬ主人に忠誠を尽くして、滅びることさえも厭わぬ単眼の化け物たち。
いや、恐れていないわけではないのであろう。
シャカの身体に伝う巨人の小さな震え。
恐怖と戦いながらもなお、私を守ろうとするのか?
「もうよい、捨て置け。おまえたちでは…あの双子に…敵うまい」
圧倒的な力量の差。双子神からすれば巨人たちの抵抗は児戯に等しい。加えてシャカは復活の時より、いまだ体調は戻らないままであった。そして、新たに与えられた双子神に受けた傷は深い。
巨人がどのように抵抗しようとも、シャカ自身の命の灯火が消えつつあるというのに、このような愚かな行為は大いなる無駄でしかない。
喘ぐように振り絞った声は巨人の大きな耳に届いたようである。ふるふると顔を横に振り、大きな単眼がシャカをジッと見つめていた。
時折、神の力を受け、苦悶の表情を浮かべつつ痛みに耐えながら、それでも決してシャカを手放そうとはしない。
――主の命令に忠実な下僕。
おまえたちとアテナを守る聖闘士とどのような違いがあるというのだろうか……?
シャカは徐々に手足の感覚がなくなり、開いた瞳の視野が狭窄していくのを感じた。
「―――王ヨ!我ラノ王ヨ!光ガ…消エル…消エテシマウ!!」
ウオオオオオォォォォ―――!!
巨人の絶叫に近い雄叫びが轟く。
それは空間に歪みを生じさせるほどの咆哮。
「ぐうっ!!」
双子神が顔を顰め、反撃の手を緩め怯んだ瞬間、閃光が煌めき、3体の巨影は現れたとき同様に一瞬のうちに空間の歪みの中へと姿を消した。
「!?」
「おのれ…取り逃がすとは……」
呆然とその場に立ちつくす。そして、次の瞬間、暗黒の闇が舞い降りた。
「―――!……あ…あ……ハーデス……様」
冥衣を纏い、二神の前に現れたハーデスの姿に双子神たじろいだ。