比翼連理
11.穿ツ楔
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「――第四層……破壊!」
「ハ…デ……」
ざくりと深く剣を飲み込んだヒュプノスは大きく瞳を見開き、冥王の名を紡ぎ出す前に、どうと前のめりに倒れた。
「うああああああぁぁ!!―――ヒュプノーースッ!!」
己の胸を、頭を、激しく掻き毟り、絶望の瞳でタナトスが絶叫した。
スウッと冥王が静かに剣を抜き取ると同時にヒュプノスは閃光に包まれ、さらさらと光る塵が花園に舞った。
「美しいな……魂の放つ光は」
冥王は恍惚の表情を浮かべて、乱舞する光を見つめながら、一度大きく剣を払うとカチンと鞘に収めた。
「あ、あぁああああーーーっ!」
舞い散ってしまう光を掻き集めようとするようにタナトスが必死に手を差し伸べ掴もうとする。掴んだ光の塵は粉雪のように儚く消えていく。
「―――哀れな双子。己が身を辨えず、余を謀るとは。愚かなことよ」
触れたとたんに跡形もなく消えていく光に、がくりと膝を落とし、タナトスは咽び泣いた。嗚咽が静寂にこだまする。
すっと形の良い指先がタナトスの顎に添えられ、クイと冥王が上を向かせた。
悲壮な瞳から零れ落ちる涙の雫。愛しむように冥王が優しく涙の雫に口づける。そして、タナトスの耳元に甘く囁いた。
「タナトスよ。愚かで愛しい死の神よ。眠りの神を再び取り戻したいか?」
ぴくりと小さく戦慄く美しい銀の光を放つ神に冥王が囁き続ける。
「ヒュプノスを再び冥界の果て……エリシオンに繋ぎ止めたいか?」
こくり。
小さく頷くタナトスに満足したように笑みを浮かべながら、その額の星に口づける。
「……ならば、タナトスよ。再生の力が必要だな?」
「あぁ……」
意思のない人形のように力なくタナトスは答える。
「それでは再生の力を持つものがいるな。それは誰だ?」
「それは……ペルセプォネ。今は……アテナの聖闘士、乙女座のシャカに……在る」
「正解だ、タナトス。だが、シャカはここにいない。どうすればいい?」
「―――探す。見つけ出して……連れて来る……」
虚ろな瞳が宙を彷徨う。
「それだけでは叶わない。余はおまえたちを赦すことはできぬ」
「では……どうすれば」
縋るように冥王を見つめる銀の瞳に昏い炎を秘めた瞳で凝視めた。
「殺せ。おまえの持つその力で、シャカを奪った奴らを見つけ出し、皆殺しにしろ」
抑揚のない静かな低い声で囁く。
呪詛のごとく、深層の隙間に沁み込んでいく冥王の声。
「よいな?」
瞑目し、睫毛を震わせながら、頷くタナトスに極上の微笑みを冥王は与えた。
「我が冥界に仇成すものを悉く討ち滅ぼせ。よしんば、地界・天界・海界の領域を侵犯したとしても構わぬ。シャカをこの園に連れ戻せ」
黒き翼を広げ、ふわりと冥王は舞い上がる。
タナトスは顔を上げ、意思強い眼差しで主を見上げると大きく頷いた。
「御意」
「余は地上のアテナの元へ参る。あの小娘ならば、奴の牙城についても少しは知っているかも知れぬでな」
小宇宙を急速に高め、冥王の周囲に闇の結界が現れた。
冥王は不敵な笑みを面に張り付かせ次の瞬間には渦巻く闇の中心へと姿を消した。