比翼連理
12. 審判ノ日
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「さて、あの大群を前にどうする?ムウ」
静かな闘気の炎を燃やすカミュの周りを生暖かな風が包み、黄金十二宮の最初の砦である白羊宮を吹き抜けていった。
「―――確かに敵は闇に乗じながら、圧倒的多数でもって、この聖域を沈めんと攻め込んできています。赤く降る月の光が更なる狂気の力を導き、あの巨体から繰り出される力を前に、雑兵たち、聖闘士たちはなす術もなく見えます。しかし、こうやって動きを見ていると、纏まりのないように見える敵にも、いくつかの集団を形成しているのがわかります」
「なるほど」
カミュは一度瞳を閉じ、じっと暗闇に蠢く敵陣を見据えているムウの横顔を眺めた。
赤き月の光が、まるで炎のように揺らめく。その赤い光を静かに受けながら、まるで煉獄の火に焼かれても、冷然と口元に微笑を浮かべ壮絶な最後を遂げる背信者のごとく、ある種の魔的な美しさをムウは放っていた。
冷徹ともいえる瞳は鋭く敵陣を射たまま、ムウをムウたらしめる『archaic smile』を浮かべ、彼は一体どのような策を練っているのか。白羊宮に忍び寄る昏い闇の足音はすぐ近くまで来ていた。
「小者は放っておいても、わたしたちの後ろにいる者たちが抑えてくれるでしょう……私たちが抑えるべきは……あの者たち―――」
ムウの言葉にカミュは目を細め、すっとムウの長い指先が指し示した方向をカミュは見た。
命を懸けて戦い、その結果、命を落とすことになったとしても、阻止すべき相手。
「―――このまま、ここに留まり、わたしが強力な結界を張って、あなたが攻撃を加えれば、あの神々たちの力を抑え、瞬きほどの時間を稼ぐことができるかもしれません。その間に仲間たちが無事、この聖域から逃れることができれば、多少は救われる命もあるでしょう。しかし、わたしは敢えて打って出ようと思います。勝算はありません。雑兵や聖闘士たち、多くの仲間の命を見殺しにすることにもなるでしょう……あなたの……私の命が果てることになったとしても、それでも私に力を貸してくれますか?アクエリアスのカミュ」
ムウの言葉の内に宿る意思の強さ、力強い瞳の輝きはダイアモンドにも劣らない。
たとえ、多くの命を失うことになっても、挑むのだというムウの覚悟は、かつてアテナのために互いに敵として対峙せざるをえなかったシャカの、死後世界に臨む覚悟と、仮初めの命を冥王に与えられながら、たとえ裏切り者と呼ばれても、その信念を貫き通した自分の覚悟とも重なるものがあった。
勝算もなく、多くの仲間の命が、己の命がたとえ果てたとしても、なさねばならぬこと。
それは―――。
「……私は今度こそ、アテナをお守りするためだけに甦った。恐れることなど何もない。ムウ、おまえに協力するのはもとより当然のこと」
赤い月に照らされ、より一層鮮やかな真紅の色合いを放つ髪を風に靡かせながら、穏やかな笑みを浮かべて、カミュは答えた。
ムウもまたそれに答えるように静かに微笑んだ。
「――――ありがとうございます。カミュ」
「それで、どうするつもりなんだ?」
「……あの者たちのところに一気に飛びます。一番、危険かつ強大な小宇宙を持つ者たちの集団を指揮しているのはあの者。中でも一際、抜きん出た強大な小宇宙……いや、神の力を持つ者というべきでしょうか。あの者に奇襲をかけます。チャンスは一度きり。彼の小宇宙の核を狙ってあなたの最大奥義を放って下さい」
「わかった」
「失敗した時はもとより、成功したとしても、彼の抱える熱量からして、我々は無事ではすまないでしょう。それでも―――いえ。あとは何とかなるでしょう」
そういうと、ムウは白羊宮に配属されていた雑兵と青銅聖闘士、白銀聖闘士たちに向かって叫んだ。
「アテナの聖闘士たちよ!わたしとカミュは敵陣営の中で影響力のある者の首を獲りに先に行きます。もしも、私たちが討たれても、アテナの加護と教皇の結界があなたたちを守り、黄金聖闘士たちが、あなた方と共に戦うでしょう。友が倒れても怯む事無く、己が身を傷つけられても恐れる事無く、己が宿す小宇宙を解放し、全力をもって敵の侵入を阻止してください!白羊宮は頼みましたよ!」
一瞬にして周囲はざわめきの波が立ったが、穏やかな力強さに満ちた高貴な小宇宙を放つ二人の黄金聖闘士の自信に溢れる微笑に一人、また一人と頷き、高らかに鬨の声を上げた。