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比翼連理

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17. 繋ギシ者


-1-

「アテナ!」
「サガ!」
 ようやく結界が解かれた扉を開き、異口同音に悲痛な叫びを上げながら、焼けた花園に足を踏み入れた聖闘士たちは、変わり果てた光景に絶句する。
「なんという……ことだ」
 アテナの慈悲により復元されたはずの花園は見る影もなく、無残な姿を晒していた。
「ひどい……こんな……」
 花園の主がこの態を見たら、彼はどんな反応を示すだろうか?
 誰しもが絶望的に黙り込んだその時、アイオリアが声を上げた。
「おい、あそこに!」
 沙羅の樹の近くで佇む冥王の姿。その胸に抱かれるは彼らが崇拝してやまぬ、女神。一瞬のうちにして聖闘士たちの間に緊張が漲った。
 小高い斜面から、その様子を静かに眺めていたハーデスは、相手がどう出てくるか今しばらく待った。
 聖戦において対峙した神衣を纏っていた少年たちと黄金聖闘士の幾人かが前に躍り出ようと意気込んでいる。
 その鬼気迫る中、その者たちを諌め、一同を制する者がいた。
 黄金の輝きを放つ一人の青年が、奥からゆっくりとひとり、前に進み出ると冥王の元へと向かってきた。
 ある程度の距離まで近づくと、その青年はぴたりと歩みを止めた。
 あと1ミリでも前に出れば、そこは闇の領域であると感づいて踏み止まったのであろう。
 なかなかに勘の良い―――ふっと静かにハーデスは口元を緩めた。
「冥王……ハーデス。やはり貴方の小宇宙でしたか」
 ハーデスの前に進み出た男は緊張した面持ちではあったが、他のものと違い、あからさまな敵意をむき出しにはしていなかった。
 纏う黄金の聖衣も其処彼処に傷ついているのが見て取れた。神の力を持つ者たちと争ったのだろう。人の子でありながら、勇ましく神々と戦う聖闘士。
 しかし、その戦いは熾烈かつ凄惨を極めたのであろうと憶測する。
「アテナはご無事でしょうか?」
 じわじわと前に歩み出る、他の仲間を牽制しつつ、ハーデスの前に対峙する青年を静かに見つめる。
 その紫色に輝く意志の強い光は、どことなくあの男神を想起させると思いながら、常の無表情で答えを与えた。
「―――名を名乗るがよい。聖闘士よ」
 さわりと風が吹き抜け、すべての色彩を吸収するかのような漆黒の髪を揺らした。
 聖闘士の紫に輝く瞳が少しばかり細められ、きゅっと固く口を結んだのち、静かに名乗りが上がった。
「ムウ。シャカと同じく、黄金十二宮を守護する一人、牡羊座のムウ」
 ここで、あの者の名を出すとは―――腹の奥底で何を考えているかわからぬな…そうハーデスは感想を抱きながら、先刻問われたことに答えた。
「ムウよ――女神は無事とはいえぬ。あそこの男も」
 ハーデスはチラと目端を動かすと、ムウもその視線を追った。
「サガ……」
「死んではいない。が、手当てせねば、ほどなくして余の世界の住人となろう」
 すっと知性溢れる瞳で再び冥王を見た青年は、固い表情のまま仲間を呼び寄せた。
「カノン!サガはあそこに。早く手当てを!」
「わかった!」
 短い返事のあと、横たわる男と同じ顔の男が駆けていくのを認めた。
「それでは……アテナをお渡しいただけますか?」
 静かに、だが緊張を孕んだ声にくすりと口端を上げる。否といえば戦うつもりなのであろうな、この男は。そして、他の聖闘士たちも。

 無傷の者など此処にはいない。
 おのれ自身も塞がらぬ傷を負っていた。
 それに、今はこの者たちと争っている時間はない。

 ふわりと女神の身体が浮き上がり、ハーデスは手元から離した。空中を漂うようにして、アテナは黄金聖闘士の前に移動すると、後方で陣取っていた他の黄金聖闘士たちが次々に駆け寄る。
 紫色に輝く瞳を持つ黄金聖闘士はしっかりとアテナを懐深く抱きかかえた。
 青褪め、涙の乾いた跡さえ見て取れるアテナは聖闘士たちの必死の呼びかけにさえ反応しなかった。
「御労しい姿だ。一体誰がこのような惨いことを」
 ぐっと口端を噛み締めたムウはアテナを他の聖闘士に託すと、立ち上がり、アテナを囲んでいた聖闘士たちと同じく非難がましい瞳をハーデスに向けた。
「ご存知なのでしょう?貴方は。あの灼熱の炎を操る者のことを。知っていることを話しなさい!」
 ムウの攻撃的小宇宙がハーデスを掠めるが、微風でも通り過ぎたかのようにハーデスは涼やかな貌をしていた。
「―――仔羊ごときの分際で、余に過ぎた口を聞くでないわ」
「ここは地上。ここはアテナの領域。そして、我らはアテナを守る者。闇に帰るがいい!冥王よ!」
 ふっと姿を消したムウが、次の瞬間にはハーデスの前に躍り出た。


作品名:比翼連理 作家名:千珠