比翼連理
18. 闇ノ愛
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「ここが……冥界?」
ムウとハーデスが降り立った場所は冥界と呼ぶにはまったくふさわしくない美しい花園であった。そこはまるで地上の花園のごとく、降り注ぐ光を受けた花々が百花繚乱に咲き乱れていた。
静寂に包まれた花園を見渡しながら、十二宮の神殿に似た造りの建物にゆっくりと近づいていくと、ムウは異変に気づいた。
真っ赤に染まる花々。
血に染まる花。それが一面に広がる一角があった。無残に踏み潰された草花や大きく地割れたところさえある。
「―――これは一体」
しゃがみ込み、乾いた血痕の残る花弁に指先で軽く触れると、小さな意識が流れ込んできた。
返シテ、返シテ、
アノ人ヲ。
オネガイ、オネガイ、
アノ人ヲ モウコレ以上
傷ツケナイデ……
小さな命の囁きに耳を傾けるムウをそのままに、ハーデスは何も言わず、ただ一度そっと瞼を伏せるとそのまま古の神殿へと入っていった。
「―――教えてください。小さな命たちよ。ここであったことのすべてを……私に見せて下さい」
ムウの言葉に答えるように、きらきらと花たちが一斉に輝き出す。小さな光の粒子がムウの周りを包み込んでいく。
花々たちが見てきた遠い過去までもが、ムウに語りかけてくる。遠い、遠い過去……この花園の本来の主の輝くばかりの姿。
そして冥王。
決して溶け合うことのなかった、二つの魂の確執。深い憎しみ……深い悲しみ。
そして、狂おしくも儚く散った闇の愛がこの花園を満たしていた。
「冥王……あなたは―――」
神殿に姿を消した冥王へと思いを馳せる。その深く静かな瞳の奥底に眠る冥王の想い。アテナはその想いに気づいたのだろうか?
シャカはその想いを知ったのだろうか?
「……ありがとう。君たちの大切な人を必ず見つけ出し、守って差し上げましょう」
嬉しそうに花々が風に揺れるのを目を細めながらムウは見つめた。それにしても。シャカは無事なのだろうか?
花たちの記憶にあるあの姿からして、かなり危険な状態であることは察しが付いた。急がなければなるまい。呼吸を整え、目を瞑るとシャカの小宇宙の残滓に集中した。
彼の小宇宙を辿るために次元を超えながら、途切れかけた糸を紡いだ。
あそこにシャカが?
聳え立つ山の頂に天空に浮かぶかのような巨大な神殿の姿が視えた。
そして、近づこうとした瞬間―――。
黄金に輝く炎がムウの行く手を完全に遮断した。
「くっ!結界か!?」
片膝を着き、脂汗が全身から滲み出た。
内から燻る痛みに顔を歪める。
「私一人では……あの結界を突き抜けることは厳しいですね。ならば―――」
ぐっと足に力を籠め、立ち上がると冥王の元へと向かった。