比翼連理
19. 朝霧ノ中デ
-1-
朝靄が聖域を包む。
朝の陽光さえも遮るほどの濃霧となって、十二宮はまるで水面に浮かぶ島のような様相を呈していた。
立ち籠める霧の中、命を繋ぎとめることができた雑兵たちは、変わり果てた姿となった仲間たちの遺体を埋葬するために黙々と作業をしていた。その中に聖闘士の中でも頂点を極める黄金聖闘士たちもいた。
皆一様に強張った表情で丁寧に埋葬していく。
土を掘り、埋めていく。
「一体どれだけ同じことをすればよいのだろうか。俺たちの力が及ばなかったばかりに。救えた命もあったはずだ」
力なく呟くアイオリアの言葉にカミュは手を止めた。ずきりとカミュの胸の奥に痛みが走った。
十二宮を守るために盾となった者たち。
彼らをむざむざ見殺しにしたという事実に胸が痛んだ。
「アイオリア……」
「―――俺たちは女神を守るためにいる。こいつらの命を守るためにいるんじゃない」
カミュがどう答えればいいのか戸惑っていると、デスマスクが至極当然とばかりに返答した。
「それはわかっている!だが、それでも、あの時十二宮だけではなく、もっと前線に討って出ていれば―――」
「だから、おまえは青臭いんだ。考えもなしに敵陣に飛び込んだところで返り討ちにあうに決まってんだろうが。こういうことはな……仕掛けたもん勝ちなんだよ!もし、おまえのいうように全員で迎え撃ったとしても、きっと全滅だったろうぜ」
デスマスクの言葉を聞いてミロも頷き、意見する。
「俺もデスマスクの言うとおりだと思う。この戦いを仕掛けてきた神はアテナやサガの結界をいとも簡単に破って沙羅双樹の園に侵入した。俺が言えた義理じゃないかもしれないが、全員が前に出ていたら、前後を挟まれ、女神の加護なき場にて、それこそ凄惨な戦いになったんじゃないだろうか」
「ほぉーんと、おまえがいえた義理じゃないな。持ち場を離れて、とっとと前線に繰り出していったのはどこの誰だか?」
「うるさいな。仕方ないだろ。ムウたちが無茶をするから……」
「―――すまない」
カミュはぽつりとそう呟いて、その場を離れようとした。しかし、ミロに腕を捕まれたためにそれは叶わなかった。
「おい!勘違いするなよ?俺はおまえやムウを責めてるんじゃない」
「わかっている。だが……アイオリアの言うとおり、救えた命もあった」
酷くつらそうに俯いたカミュの顔を見て、ミロは掴んだ手を緩めた。
「……わたしやムウはそれを敢えて放棄した。アテナをお守りするためだけに心血を注いだ。そうすることで救える命もあるはずだと思ったから」
ぎゅっと拳を握り締め、唇を噛み締めるカミュに皆が押し黙ったとき、静かな歌声が響き渡った。魂の奥底から悲しみ、死を悼む歌。
「アテナ……?」
「悲しんでらっしゃる……彼らの死を悼んでいるのだろう」
晴れぬ霧の中に響く、切なくも美しい歌声に耳を傾けながら、再び死者を葬ることに専念した。
「アテナ―――」
「おい、起き上がって大丈夫なのか?サガ」
「……ああ。もう大丈夫だ」
「おまえの大丈夫はあてにならん。横になっておけ。片足半分、棺桶に突っ込んだ状態で動き回られても迷惑だ」
女神宮へ行こうとするサガを押し留めると、カノンは海界から齎された情報をサガに伝えた。
「……という具合だ。ここほどは酷くないがそれなりに被害を受けたようだ。せっかく建て直したところだったのに、また一からやり直しだそうだ。おまけに―――」
少し口ごもるカノンにサガは怪訝な表情を浮かべた。
「おまけに、何だ?」
「ポセイドンが目覚めた。ソロ家のお坊ちゃんがえらい剣幕で海界に出戻ってきたそうだ」
はぁ、と深い溜息を一つついたカノンは、肩を少し竦めると、ふっと小さく笑った。
「そういうことで、俺は一旦海界に戻らねばならん。悪いが双子座の聖衣はおまえに返しておく」
「そうか……」
「サガ」
「ん?」
「無茶すんなよ。ムウのあとを追おうなんて考えるなよ」
ハーデスとムウとの遣り取りについて説明したとき、サガはその身をおして冥界へ行こうとした。
今でも目を離せば冥界へ行こうとするサガをじっと諭すようにカノンは見るとサガは小さく笑みを返す。
「わかっている。カノン。今は聖域を立て直すことで頭がいっぱいだ」
人を騙すことにかけては一流であるサガを安心できないとばかりに、もう一度カノンは念を押した。
「本当に、本当だな?おまえは教皇なんだぞ。アテナ直々に拝命されたんだからな。それを忘れるなよ。怪我人のおまえが行ったところでムウの足を引っ張るだけだぞ」
「わかっている。自分の立場は弁えている」
本当に弁えていたら、そんな怪我はしないだろうとカノンは思うのだが。
「じゃあ、俺は行くから。くれぐれも無茶はしないように。それからアテナを一人にするなよ。そばについていてやれ」
「アテナには私よりもおまえがついているほうがいいのかもしれないが。できるだけ御傍にいる」
「アテナは……ずっとおまえのことを心配していたぞ。サガ」
「―――そう、か」
そうぽつりと呟き、静かな笑みを浮かべたサガの横顔を見たカノンはポンと軽くサガの肩を叩くと手をひらひら振りながら扉の外へと消えた。