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比翼連理

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「――――そこを通していただけますか」
「何者だ……貴様、冥界の刺客か?」
「いいえ。アテナの聖闘士、アリエスのムウ」
「冥界の臭いをさせるアテナの聖闘士とはな!死ねっ!」
 ムウを取り囲んだ男たちは一斉に白き杖を振り下ろした。すっと優雅な動きでもって、ムウは遅い攻撃を交わした。
「そのような動きでは蝿も止まりますよ?」
 にっこりと微笑を浮かべる。
「なんだと!?」
「聞こえませんでしたか?ああ、それとも言葉を理解できぬほど貴方たちは古い脳なのかもしれませんね。これは失礼しました」
「お……おのれ!!」
 がばっと襲い掛かろうとしてきた男たちをひらりとかわすと次々と首筋に手刀を打ち込む。ヒキガエルが潰れたような声を出しながら、どうと男たちは倒れた。ムウは冷たい視線で倒れたままの男が握り締めている杖を容赦なく破壊すると、再び走り出す。
 死神の出現によって敵は混乱し、城内の警備が手薄になっていた。

(今のうちにシャカを見つけ出さないと)

 焦りは禁物。だが、聖域に現れたあの者たちの巣窟ともなれば、やはり長居は無用だった。早々にシャカを確保してプロメテウスが奪い去ったアテナの力を奪い返さなければ。
 最悪、シャカだけでも連れ帰ることができれば、あとは冥王を担ぎ出してあの凶神と対決させればよい。たとえアテナの力の一部が喪失する結果になったとしても…….。
「シャカ!どこにいるのですか!?」
 通り過ぎる室を覗きこむが人影はない。雑音のような障壁の存在によって、シャカの小宇宙も完全に絶たれており、シャカの居場所が探索できないため、シャカが今どこにいるのか皆目検討がつかなかった。
 ほんの少しでも彼の小宇宙が感知できればと最大限に感受性を高める。
「……シャカ?」
 はっとして迷路のように複雑な回廊を駆け抜ける。奥のほうから、わずかばかりのシャカの小宇宙を感じ取り、瞬間移動した。
「!?」
 目の前に現れた―――正確に言えば、瞬間移動したその場所に存在した巨漢に驚いて飛び退る。
 大きな単眼がじろりとムウを捉えた。
「――――侵入者、殺ス」
 十分な大きさであるにもかかわらず、さらに立ち上がって巨人の背丈が増した。その巨体に似合わない素早い動きでムウに向かって拳が放たれる。
「くっ!」
 かろうじて防御するが、第二波は避けきれず、飛ばされたムウは強かに柱に打ち付けられた。さらに襲いかかろうとした巨人に向かってクリスタルウォールを張る。
「!?」
 巨人は己が繰り出した衝撃をまともにクリスタルウォールによって撥ね返されたため、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
 あんな力をまともに受ければ、さすがに自分も危なかっただろうと冷や汗を流す。しかし、なぜかあの巨人からシャカの小宇宙が感じられた。
「なぜだ?」
 一人ごちると今度はクリスタルネットを張り巡らせ、巨人の動きを封じ込めると、身動きができず呻き声をあげる巨人に近づいた。
「シャカを……人間を知りませんか?冥界から連れ去った人間を」
 牙を剥いて呻いていた巨人が途端に静かになる。
「シャカを知っているのですね?教えてください」
「……」
 黙り込む巨人を注意深く観察していく。一体どこからシャカの小宇宙が感じられるのか。
(なるほど、そういうことか)
 くすりと笑みを浮かべる。あの人にしては珍しい行動だと思ったから。
「そう。君はシャカに傷を癒してもらったのですね」
 そして、この巨人はどうやらそのことでシャカに恩義を感じているようである。少々あこぎな方法かもしれないが、これを利用しない手はないと考えた。
 先の戦においてこの巨人たちはあまり知能が高いとは思えなかったことから、恐らく簡単に口車に乗せることができるとムウは踏んだ。
「居場所を教えてください。彼に大切なものを渡さなければならないのです。もしも、渡すことができなかったら、彼は―――」
 すっと言葉を切り、瞳を伏せて俯く。巨人の反応を見るために。
「……光…ドウナル?」
 悟られぬよう心のうちで笑みを浮かべながら、深刻そうな表情を浮かべて言い切った。
「彼の命が……途絶えてしまうでしょう」
 すると巨人は大きな単眼をさらに見開いた。ぶるぶると分厚い唇を震わし、大きな瞳からぶわりと涙が溢れ出していた。
「王…光消エル…悲シム。俺、光消エル…悲シイ…」
 大粒の涙を流す巨人の姿にさしものムウも良心が痛む。シャカはこの巨人の本質は純粋なものだと見抜いたのだろうか。だから傷を癒したのだろう、彼は。
 それに、嘘から出た誠ではないが、自分が言ったことが本当にそうなってしまうような気分になった。
「私も……彼に消えて欲しくない。だから、彼に会わなければ。会ってコレを渡さなければ」
 己の首にかけたペンダントをぎゅっと握り締めた。



作品名:比翼連理 作家名:千珠