比翼連理
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―――まだ先の争いによって混乱の最中にある冥界。
ジュデッカの一室にてパンドラはある決意を固め、闇色に輝く短剣を手にしていた。
「何をなさるおつもりですか。パンドラ様?」
静かな声にぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。血臭を身に纏い、たった今戦場から戻った厳しい男の顔、咎めるようなラダマンティスの瞳にフッと小さく笑みを零す。
「案ずるな。ラダマンティス。ハーデス様に害を為すつもりはない」
「では、なぜそのような物をお持ちなのですか?」
すっとパンドラの前に立ちその手に握った短剣に血塗れた手を伸ばす。
「―――ハーデス様は深手を負っておられる。塞ぐことのできぬ傷に今もお苦しみになられておられるのだ」
ぴくりとラダマンティスの手が宙で止まる。その指先が僅かに震えた。
「ハーデスさまの傷を癒すことのできる者は今や敵の手に渡ってしまった。妾は……ハーデス様の苦しみを少しでも和らげたい。おまえなら、この意味がわかるであろう?」
月光のような白い手がすっとラダマンティスの頬を優しく撫でた。ぐっと唇を噛み締めて痛みを堪えるかのように瞳を伏せたラダマンティスをパンドラは見つめた。
「闇を癒すには闇の力が必要……妾に与えられたヘカテの力をお返しするべき時が来たのだ。第三位の力はきっとハーデス様の傷を塞ぎ、更なる闇の力でもってお守りする」
「しかし、それではパンドラ様、貴女さまが―――」
「かまわぬ。それがハーデス様の御為になるのであれば……冥界の存続のためならば……」
「パンドラ様っ!?」
―――そして……おまえの為にならば。
ヘカテの力でラダマンティスの動きを封じ込める。切なげに伸ばされたラダマンティスの指先にそっと触れると、パンドラはゆっくりと離れた。
短剣を鞘から静かに抜き取る。
大いなる闇の力が迸り、冥王の持つ剣と呼び合うかのように共鳴音が静かに響く。美しくも悲しい音に耳を傾けながら、パンドラは静かに瞳を閉じた。
「さらばだ、ラダマンティス」
「パンドラ様―――っ!!」
闇の剣の煌めきとともに、ワイバーンの咆哮がジュデッカに轟いた。