比翼連理
22. 闇ト光ト
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蒼き光の揺り籠にゆられ、時の狭間のまどろみに身を委ねていたハーデスを愛剣が呼んだ。
重く閉ざしていた瞳をハーデスはうっすらと開いた。
「どうした……?」
すすり泣く様な悲しい音色を発する愛剣を優しく宥める。
「……パンドラが?」
ハーデスの表情は険しさを増した。長い黒髪が宙に舞い、ゆっくりと倒れていくパンドラの姿が意識に流れ込んでくる。
そして、パンドラの傍で必死に叫び手を伸ばすラダマンティスの姿が視えた。
『―――ハーデスさま』
ふわりとハーデスの元へ舞い降りたパンドラの意識。そっと傅き、ハーデスのその手に口づける。
『御力をお返し致します……』
透明な輝きに満ちた微笑を浮かべたパンドラは瞳から光る涙の滴を零す。
「パンドラ……ならぬ」
ハーデスの意識に映る光景は何よりも残酷なものだった。力なく横たわるパンドラを抱きしめ、ハーデスの名を狂ったように叫び、慟哭するラダマンティスの姿。その姿は塞がれることのない傷を負った魂にふたたび刃を突き立て、より深く傷を抉るもの。
ハーデスは己の魂から生暖かい血が流れ出るのを感じる。
わたしは奪うことしかできぬのか?
悲しみと憎しみしか与えられぬのだろうか?
悲しみに満ちていく己の心。
闇満ちていく心に、静かな声が届いた。
『 』
それは神ではなく、また愛しき魂の言葉でもなかった。
……ただ一人の人間の言葉。
闇も光もあわせ持ち、穢れと清めの中で輝きを放つ者。
彼の言葉が闇を照らし、あまねく光で己を導いていく。
ハーデスは新たに加わろうとするパンドラの闇の力を弾き返した。
『ハーデスさま!?』
「戻れ、パンドラ。おまえに与えし力は斯様なことに使うためのものではない。冥闘士を導き、冥界の秩序を保つがおまえの役目ぞ?」
手を翳し闇の力でパンドラを包み込む。
『しかし、それでは―――ああっ!ハーデスさま、なりませぬ!そのお力は……』
闇に包まれ消えていくパンドラを静かな瞳で見送る。ラダマンティスが息を取り戻し、瞳を開いたパンドラを抱きしめる姿を見届け、ほんの少し口端に笑みを乗せると、再びまどろみの中へと冥王は身を委ねた。
まどろみの中、紅く染まる美しき銀の神の姿を捉え、薄い笑みを浮かべながら残酷な裁定を下した。
「一片の魂の欠片も残すことは許さぬ。タナトス、見事その男の魂を打ち砕いてみせよ。そして更なる死者の山を築くがよい」
―――我が力の根源を得るために。
あの男を撃ち滅ぼす力を得るために。
そして、破壊者の力を封じ、希望の光を得るために。