比翼連理
-2-
「そこにいるのだな……」
浜辺に寄せる波のように静かで穏やかな声が、シャカの心の中に波紋を広げながら心地よく沁み込んでいくのを感じた。
「―――ああ」
狂おしいまでの想いが己の中で渦巻いているのを感じ取る。こんな風に激しい想いをシャカ自身は今まで感じたことがない。
求めて、求めて、求め続けた相手が、今そこにいるのだと内なる存在が訴えている。ふたりの間に阻むのは厚いカーテンのみ。
このカーテンを突き破り、身体ごと心ごと抱きしめられたい衝動に駆られながらも、シャカはグッと堪えた。
―――そう思うのはわたしではない。引き摺られてはならない。
けれども。
わたしを求めている者たちはわたしの中にいる存在を求めている。
わたしであって、わたしではない者を。
冥王の静かな優しく悲しい瞳が浮かびあがった。
冥王もまたわたしの中に存在する者を求めていた。
そして、今このカーテンの奥にいる者もまた……。
わたしは?
わたしはどうすればいい?
わたしという存在の意義はどこにある?
苦しい。
痛い。
「息が―――できぬ……っ」
ずるりとカーテンに掴みながら、その場に崩れ落ちる。カーテンがふわりと揺らめき、ゆっくりと奥に潜んでいた男がシャカの前に現れた。苦悶に顔を歪めながらも、その男の顔を見た。
漆黒に波打つ髪を無造作に流し、赤銅色の肌はより一層男の精悍な顔立ちを際立たせていた。
「おまえが……プロメテウス?」
絞り出すようにシャカが問うと、スッと目を細め頷いた。
「―――苦しみは今だけだ、人間よ。ペルセフォネの意思が、おまえを苦痛から解放するだろう。恐れることはない。おまえは神となるのだから」
そう言って白い杖を前に翳すと、その先にある光の珠から眩い光がシャカを包み込んだ。
消えよというのか?内なる者は。
破壊者はわたしをも壊す?
ドクンッ。
大きく鼓動が内に響く。
それは破壊の鼓動。
「や…め……ろ…」
ドクンッ。
―――トクン。
ドクンッ。
―――トクン。
破壊の鼓動と共に聞こえるもう一つの鼓動。それはとても静かで穏やかな音。闇のヴェールで包み込むような優しい音色。
少しずつ破壊的な鼓動が小さくなっていくのを感じた。
「―――なぜ、邪魔をする?おまえとて望む結果であろうが?」
誰に語りかけているのか、すっとプロメテウスは一歩前に進み出るとシャカに向かって手を伸ばした。
―――バシィ!
激しく空気を引き裂く音が響く。プロメテウスは顔色ひとつ変えることなく、淡々と呟いた。
「小癪な真似をする。だが、おまえができるのはそこまで。あとは指を咥えて見ているがいい、ハーデス」
「ハーデ…ス?」
闇のヴェールの正体はハーデスだというのか。シャカは薄い空気の中を喘いだ。プロメテウスが大きく杖を振り上げる。
摩擦を生じさせながら、透明な壁を貫き、冥王を射抜いた鋭く尖った杖の先が今度はシャカ目掛けて振り下ろされようとした瞬間。
そのひとつひとつの所作が切り取られた写真のように焼き写しだされていくのを感じながら、自分を貫かんとするプロメテウスの黒曜石の瞳を、シャカは蒼い瞳で目を逸らさずに真っ直ぐ見つめ続けた。