比翼連理
26. 命ノ滴
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「なぁ、あそこにいるのはムウじゃないのか?」
先行くアテナと別れ、城内に潜む敵を討っていたシュラがふと目端に捕らえた人物。
ふらふらと心許ない足取りで柱に凭れかかりながら、こちらに向かってくるのは冥王と共に冥界へと消えたムウのように見えた。十中八九間違いはないとシュラは思いながらも、彼が身に纏う闇色に輝く冥衣がその判断を迷わせたのだ。
「ムウ?まさか……いや、確かにあれはムウだ」
シュラの言葉を確かめるように指し示された場所にいる人物をやぶ睨みしたカミュは間違いないと断言する。
「―――まずいっ!」
崩れ落ちるように膝をついたムウの背後に醜悪な化け物が迫ったのだ。気付く気配のないムウに忍び寄り襲いかかろうとした。
「カミュ!」
「承知!」
大きくふたりは跳躍し、シュラは化け物めがけて切りかかった。鮮やかな聖剣の刃を受け、身を裂かれ鮮血を迸らせながら化け物はぎゃあと咆哮し、大きくよろめく。その間隙を縫ってカミュはムウの身体を支えると、タンっと軽やかに安全圏へと跳躍した。
ふたりの姿を見送りながらシュラは敵を引き付けるように、そのままその場所で聖剣を振るい続けた。
ようやく敵の気配がない場所へと移動したカミュはゆっくりとムウの身体を壁に凭れる様に座らせると状態を用心深く観察する。
見た目の傷は聖衣……いや、闇色に染まるそれは冥衣というべきものだが、その防具に覆われていない肌には無数の切創とともに焼け爛れたような酷い状態の箇所もいくつか見られた。そこからは出血もみられているが冥衣自身にはひどい損傷は見られていない。
ムウの衰弱の激しさは外傷もさることながら、むしろ内傷……つまり小宇宙の損傷によるものが大きいようである。ムウほどの男がここまで酷い状態になるとは一体何があったのかとカミュは不安を募らせた。
「大丈夫か……?」
どう見ても大丈夫ではないのだけれど、どんな言葉をかけてよいのかわからず、思わずそんな言葉を口にしてしまったことにカミュは自嘲した。
ムウはそれでも気遣うように口元に笑みを浮かべたが、顔を上げた瞬間に痛みが駆け巡ったのだろう。小さく呻き声を上げ、顔を歪めた。
ムウを苛む痛みの激しさは想像以上に強いのだろうとカミュは薄ら寒さを覚えた。
「ざまあないですね」
自嘲するような呟きにカミュが眉を顰めた。
「どうしてこんなに……?」
傷ついているのか?そう問い質そうとしたが、酷く苦しげに顔を歪めたムウにその言葉を呑み込んだ。
問い質すのはあとでいい。今は先に衰弱しきったムウの小宇宙を少しでも回復するほうが先決だった。
「少し……ガマンしろ」
キンと掌に小宇宙を具現化する。ムウのように回復術に長けているわけではなく、どちらかといえばカミュは攻撃的小宇宙なだけに癒すはずの小宇宙であっても時に痛みを伴ってしまう。
だがそれでも少しはムウの体力を回復できるだろうと可能な限り、己が内包する小宇宙を凝縮する。カミュ自身の生命ともいえる小宇宙が掌に集まり、美しい輝きを放ちながら質量を増していく。
「―――やめなさい、カミュ。それでは貴方が」
カミュの掌で輝く小宇宙の異常なまでの輝きを目にしたムウは、それがカミュ自身の『命』なのだと気付き、止めようとした。
その小宇宙を受け入れればムウの傷は回復し助かるだろう。だが、そんなことをすればカミュの身がもたないことが判っていたから。
「そんなことより、歯を食いしばれ。舌を噛むぞ?」
一瞬柔らかな目元でムウを見たカミュはすっと表情を戻し、掌に浮かび上がった小宇宙の球体をムウの胸にぶつけた。