比翼連理
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「!?」
「よ、瞬、お前も仲間に入るか?」
ポンポンとカノンは空いている左側の草むらを示した。
「お邪魔します……サガいいでしょうか?」
気配を感じさせることなく、そばにいた瞬に驚いたまま固まっているサガへ瞬は声をかけた。
「いつから?いや、そんなことよりも、どうやって?」
「気配がなかった?驚かせてしまってごめんなさい。ふふ、でもちょっと嬉しいです。黄金聖闘士の…それも最強と謳われる貴方の背後を取れたことが」
にっこりと本当に嬉しそうに言う瞬に対してサガは思わず、笑みが零れた。この少年も幾多の戦いによって成長してきたのだということを思う。
「それで……なんて言っていたんだ?ハーデスは」
「それが、今ひとつはっきり覚えてなくて。ただ覚えているのは…こう…ふわっとした温かな気持ち」
両腕を前にかざしてゆっくりと瞬は胸元に手を重ねる。
大切な心を抱きしめるように。
そして本当に幸せそうな表情を浮かべた。
「でも、すぐにそれは消えてしまって。次には……驚愕と怒り。そして…絶望」
「瞬?」
苦しそうに切なそうに何かを見つめる瞬。
大きな瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
「―――苦しくて…悲しくて…あれほどまで…ずっと…愛しているのに」
「……おい、瞬?」
瞬の様子がおかしい。瞬の瞳は何かに囚われたかのようにただ一点を見つめる。その先にあるのは…処女宮。
「どうして?」
「わからない?」
「何故?……覚えていないのか?」
「何故、アテナの元にいる?」
「私をたった一人にして……なぜ、私に……刃を向ける?」
「―――愛しき者よ」
「ならば、アテナの呪縛から解き放とう。貴方の輝ける生命は私とともに」
「瞬!しっかりしろっ!!」
胸元に重ねていた両手を伸ばし、その先にあるものを掴もうとする瞬の腕をカノンが強く握り身体を揺すった。
「あっ……」
がくりとカノンの肩に項垂れた瞬の顔色は蒼白に近い。
慌ててサガも横に行き、額に手を翳し小宇宙を送る。
「大丈夫か?瞬、しっかりしろ!」
ハーデスの意識が瞬を支配したのだろうか?そう思い、緊張した顔つきでカノンとサガは目を合わせた。
「あ…大丈夫です。もう僕の中にハーデスはいないですから、安心して下さい。おぼろげだった記憶が鮮明になっただけですから」
二人の心情を察してか瞬は薄く微笑んだ。
「じゃあ……」
「強烈な思念だったんです。本当に。あのとき、僕は支配されていて。何がなんだか解からなかったけど、苦しくて、切なくて。ハーデスは…そう、シャカをみて明らかに混乱していた。『そんなはずはない』『何故』って繰り返し、繰り返し、叫んでいた。とても…つらくて……可哀想な神だって思ったんだ」
ぽろぽろと涙を零す瞬に戸惑いながらもカノンは黙って胸を貸していた。
「今なら、わかるんです。ハーデスは地上が欲しかったんじゃない。ただ一人が欲しくて。でも、どうしたら取り戻すことができるのか解からなくて。ハーデスの記憶を失くし、地上に戻ってしまった―――金色の神……地上の光を、安らぎと愛を、ハーデスに恵み与えた神はあの人なんだ……ずっと…アテナが、アテナの聖衣が、処女宮が、あの人を隠していたから……」
サガは瞬の告白に言葉を失くした。
まさか……でも。
「あの時ハーデスの心は確かにそう思ってたんだ」
まっすぐに瞬は処女宮を見つめる。
「…….?」
不意に温かな小宇宙を感じると、心話が語りかけてきた。
「アテナ?」
カノンとサガは互いに顔を見合わせた。
『……みんな私のところに来て下さい。聖衣が……黄金聖衣が戻ってきました』
降り注いでいたはずの太陽の光が、いつしか黒い闇に少しずつ翳っていることに気づくことなく、押し黙ったままアテナのもとに向かう3人だった。