比翼連理
4. 冥界ヘノ道
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冷やりとした風が沙羅双樹の園を駆け抜けた。咲き誇っていた花たちは来る冬に備えて眠りにつき始める。
カサカサと沙羅双樹の葉だけが風に答える。
静寂。
最も愛しく感じていた。
今も昔も。
静かなる時刻の流れを、咲き誇る花園を、『ここ』に求めた。
いつだって私は『死』という観念に囚われていた。
そして『生』の意味を求めていた。
『死』とは?
『生』とは?
『正義』とは?
『悪』とは?
何故、人として生まれたのか?
何故、アテナの元にいるのか?
答えはシンプル。
すべては自らが望んだことなのだろう。
自らすべてを失って、そして、呪いながらも、わずかな希望を託して、この生を望んだ。
沙羅双樹の根元に向かう。
いつものように瞑想するために。
心の求めるままに神仏と語り合うために。
「――――これは?」
その樹の根元には一輪の花だけがひっそりと咲いていた。遠い過去にこれと同じ花を見たような気がした。
何かを訴えるように咲く小さな命。すいと象牙色の指先を伸ばし、花弁に触れた。
「!?」
急に辺りが暗く翳り始める。
「あれは……まるで――――」
天を仰ぎ見ると、流れる金の髪から垣間見る曇りなき空が、薄暗く闇色に染まりつつあった。太陽が月に隠されていく。
―――皆既日食。
聖戦において見られた現象。太陽が闇に呑み込まれて行く。再び暗闇が世界を覆いつくすのか?
「!?」
大地から強大な小宇宙を感じ、後退する。可憐に咲く花は妖しい光を放ち始めた。
「これは……一体…この小宇宙は…まさか…!?地上に来るのか!?」
一輪の花を中心にして少しずつ闇が広がっていく。少しずつ、少しずつ侵食するように。シャカの足元近くまで広がりを見せ、闇の中心に向かって風が吹く。金色の髪が広がる闇に吸い込まれるかのように舞い狂った。
自らの小宇宙を高めていくが、それすらも飲み込まれるほどの強大な小宇宙。
かつて感じたことがないほどの高貴な小宇宙。その正体を知り、愕然と声を上げた。
「おまえは―――ハーデス!?」