比翼連理
29. 最後ノ闘イ
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周囲が美しい闇色へと変化していく。うねるような風がプロメテウスの黒髪を舞わせた。頬にかかる髪を払うでもなく、闇の中心を見つめると、視線を光球に戻した。
「ペルセフォネ、君に捧げよう。不滅なる我が想いを」
眩い光を受けながら静かに瞑目し、囁いたプロメテウスはゆっくりと顔を上げ、現れ出でた闇の気配をまっすぐ見据える。
冥王ハーデス。
気高き闇の統治者。うねる闇の美しさに目を見張る。
「不要なものは一切削ぎ落としたか」
配下の者に力を託したとみえる。決死の覚悟で臨むことなど、今までこの男にあったのだろうか。
不可侵である冥界の奥深くで居座り、戯れ程度とばかりに戦場へふらりと現われては、周囲を嘲笑うように死者を引き連れていく男。恐らくはゼウスを組み臥し、天界でさえも手に入れる力を持っていながら、敢えて冥界に姿を消したこの男の真意はどこにあるのか測りかねた。
ただ静かな闇の揺り籠にて、己の統治する世界を守ってきたこの男の心を、唯一目覚めさせ、揺り動かしたのがペルセフォネだったとは皮肉なこと限りない。虚ろで冷めきった心に情熱の炎が灯ることがあるなどとは思いもよらないことであった。
彼もまた、神々の謀によって、運命の歯車を狂わされた神なのかもしれぬ。いや、予め定められた不確定要素のひとつにしか過ぎなかったのだろう。どちらにせよ、真に欲するものを得ることができなかった者同士であり、愛しき者を奪われた苦しみを知る、唯一の存在でもあるというのが滑稽に思えた。
ふわりとプロメテウスは己の身を包みこむように紅蓮の炎を立ち上らせる。
「最後の仕上げといこうか」
誰に向かって放った言葉なのか、小さく呟くと陽炎のように揺らめきながら、まっすぐに闇の申し子を見据えた。