比翼連理
-4-
「……!」
溢れるような静かな愛がアテナを包み込む。
激しい怒り、悲しみもまた其処にあった。
「―――あなた方の意志が今やっと、わかりました。プロメテウス、そしてペルセフォネ」
キュッと固く口を結び、ニケを握り締めたアテナは闇のような光の姿をした者を強い眼差しで見つめた。
「貴様……何を!!」
冥王はプロメテウスの行動を不審がり、眉間を寄せて問うた。
「あれは間違いなく『天球』だ。私がゼウスから奪った……ハーデス、地下世界のゼウスと呼ばれるおまえならば、その存在くらいは知っていただろう?」
「天球だと!?」
ゼウスの力を揺ぎ無いものとして創られし、ゼウスの力の象徴ともいうべき最強最悪の力の集合体。それが奪取されていたとは。狸め…何を謀っている?とゼウスに毒づいたハーデスであった。
「そうだ…あれを破壊したかった……だが破壊できるのはペルセフォネだけだった」
「そのために貴様は……アテナから力を奪い、シャカを連れ出したのか?」
「ペルセフォネが…完全なる力を得るためには……ある程度『天球』が育たねばならなかった。だからおまえたちに戦いを仕掛けた。むろん、復讐の意味もあるがな。それに……あの力を引きずり出さねばならなかった」
目端に移った光球の更なる変化にプロメテウスは苦しげに眉根を寄せながらハーデスに真実を告げた。そして、霞み出した意識の中でも、なおプロメテウスが思うのは愛しき者のことだった。
――破壊する力は十分に備わっていたはず。
だが、ペルセフォネは別の選択肢を選んだのか?
少しずつ消えていく光の壁。
そこからは溢れるはずの光が見えてこない。
ペルセフォネは『無』となる道を選んだというのか?
君を形成する人間が『無』を選んだのか?
私が望む未来はたとえ四界が争うこととなっても、君が存在していくことだ。
このままでは……アテナがあの力を封じ込めなければ、この力はゼウスに呑み込まれてしまう。
「今ならばまだ…間に合うかもしれない」
顔を歪めながらもプロメテウスはぐっと冥王の顔を引き寄せ呟く。
「ハーデス、わたしをあの光の壁に突き落とせ。私の力“有”の力をペルセフォネにぶつける。“無”の力によってペルセフォネが消えぬように。相反する力だ―――ペルセフォネは暴走するだろう。その時、おまえが身を挺して抑えろ」
「な……!?」
「早く……!私の力が消える前に!!間に合わなくなるっ!」
ぐっとハーデスの肩を掴み、必死の形相で訴えるプロメテウスに気圧されるように、ハーデスはその願いを叶えるべく、力を放った。
「ペルセフォネを…頼んだぞ……」
壮絶な笑みを浮かべて、プロメテウスの身体が光球の中に溶けていく様をハーデスは見届けると静かに瞳を閉じた。
ニケを握り締めたアテナは、闇の光を放つシャカの……ペルセフォネの姿をした者と対峙する。
「ペルセフォネの力を利用して……地上を滅するおつもりなのですか?人間を滅ぼすおつもりなのですか?そのために……父上はペルセフォネの魂をずっとそうやって玩び続けてきたのですか!?」
――オマエトテ、ペルセフォネヲ利用シタデハナイカ。
「ええ……私は罪深い。ただ……ペルセフォネが貴方に愛されていると思っていたから。貴方はそんな私の心をも利用なさっていたのですね。私の心の奥に潜んでいた醜い嫉妬心を煽り、罠に嵌めた……そうなのですね?」
裏切り、そして裏切られ続けてきたのだ。
『アテナ』はなんて愚かだったのだろう。
残酷な真実からずっと目を逸らして、偽りの愛に縋っていたなんて。
ようやく、目が覚めた。
ようやく、真実に目を向けることができた。
もう、畏れたりしない。
――オマエニ地上ヲ託シタ時点デ決意シタコト。
オマエガ地上ヲ統ベルノハ、荷ガ重スギタヨウダッタノデナ。
愛シイ娘ヨ、ソノ杖ヲ下ロセ。
「――――父上、愚かな娘をお許しください」
ぽつりと瞳から涙が零れ落ちる。
聖杖を煌めかせ、アテナは闇の光を刺し貫いた。
――余ニ刃向カウトハ……愚カナ!
永劫ノ罰ヲ受ケルガイイ!
呪いの言葉を残しながら膨大な熱量の小宇宙が爆発する。
「アテナーーーー!!」
聖闘士たちの悲痛な叫びが爆音の中、悲しく響き渡った。