比翼連理
30.光ノ中ヘ
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骨を打ち砕き、肉を食い破り、表皮へと突き抜けていく未曾有の小宇宙。
噴出す鮮血は鮮やかな朱ではなく、輝く光の粒子となっていく。
破壊ではなく、すべてを無に帰する力を放出する。
それは『私』自身が無になるということでもあるのだろう。
―――それでも、かまわぬ。
悲しみや憎しみに続く未来を断ち切れるのであれば。
人間の心もそう望んでくれた。
ペルセフォネである『私』の存在が新たな争いの火種となるのであれば、共に消えればいいと。
人間である『わたし』の未来を奪うことであっても。
それが『私』と『わたし』の願いだと。
「!?」
―――生きろ。
生きてくれ。
君を待つ者がいるのだから。
柔らかな声が降ってくる。
消えてしまいそうな力。
だが、それはひどく温かで大きな力を秘めていた。
包み込むような『気配』に身を委ね、それが誰なのかわかったとき、涙が止め処もなく流れては消えていった。
―――アテナも決意した。
天上の神から地上を守り、人間を守ってみせると。
君が懸念することは何もない。
ただ君は未来を信じ、生きていけばいい。
「この魂はあなたを失って生きてはいけぬ……!」
―――いいや、君は生きていくことができる。
人間の心に抱かれながら。
強き人間の心とともに。
君は生きていく。
君を愛し、待つ者のために。
君が消えぬように最後の力を
君に託す……。
身を焦がすような焔に包まれる。
光の粒子と化していた肉片が再生されては消えていく。
「いやだ……私は望まない…私もあなたと共に逝く!!」
有らんとする力と無と帰す力のバランスが崩れていく。
次第に制御を失くし、暴走し始めた力。
意識が混濁していく中でこだまのように響く声。
―――アテナが『わたし』を呼んでいる。仲間が『わたし』を呼んでいる。
―――ハーデスが『私』を呼んでいる。聞こえる……私を呼ぶ声が。
「ハーデスさま、ここはもう危のうございます。どうか冥界にお戻りくださいませ」
死に瀕し、最後の大爆発を起こすかのような星の輝きを見せる光球の前に、静かに佇む主へとタナトスは声をかけた。
「冥闘士たちは戻したか?」
「はい。仰せのままに戻しました。あとは私とハーデスさまのみ」
「アテナたちは?」
「ポセイドンと彼率いる海闘士、聖闘士たちが結界を張り、衝撃に備えているようです。出来る限り地上を守ると」
「そうか。ならば、おまえも行け」
そう呟いた後、静かに瞳を閉ざす冥王の身体から壮絶な小宇宙が放出される。ビリビリと空気を振動し、伝わる研ぎ澄まされた闇が奏でる調べに酔い痴れる。
なんと美しい闇の音色。
双子の金の神が焦がれ続けた美しい闇が、やっと姿を現した。
きっと、金の神も感じているはず。
恍惚ともいえる表情をしながら、冥王の足元に傅いたタナトス。
「―――最後までお傍に。ヒュプノスも……きっと願っていますゆえ」
「片翼の願いは己の願い……そんなことを昔、申していたな。支配を拒んでいたのではなかったのか?晴れて自由の身となれるのに。まことおまえたちは……酔狂な神だな」
最初で最後かも知れぬ主君の極上の笑みを受けながら、タナトスはゆっくりと立ち上がると剣を手にしたハーデスの手を取り、その剣に向かって身体を傾けた。銀の身体に剣をすべて呑み込んだ時、静かにタナトスは微笑んだ。
「私たち双子が必ずや御身を守ってみせましょう……」
ハーデスの頬をそっと撫でながら、光の粒子と化していくタナトスの姿を最後の一瞬まで慈しみ深い眼差しで見つめたのち、孵化の時を迎えた光球に向き直った。
その刹那、すべてを淘汰するような閃光が世界を覆いつくした。