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Weird sisters story

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Clotho 3




「お持ち致します」
「いや、いいよ。そんなに重いものでもないし」
「そうですか」
軽く退がると、アスランが驚いたようにレイを見た。
その視線に気付き、半歩前を歩くレイは少しだけ振り返る。
「何か?」
「………え、いや」
などとわけのわからない言葉を繰り返し、濁している。
突っ込まないほうが賢明だな、とレイは再び視線を前に戻した。
アスランはただ、驚いただけだ。
先の大戦で英雄と、嬉しくも無い称号を付けられた彼に近づく者は山ほど居た。
財界のトップであるとか、ある資産家の娘、はたまた名さえ名乗らないただの女。
それらの相手を逐一するのが面倒で、こうして今まで表世界から逃げるように生活していたのだが。
彼らはいつもアスランの機嫌を取ろうと図る。
そうしてこうした荷物を持つ、持たないのやり取りもあった。
こちらがどんなに遠慮しても、強引に奪われる。
それでアスランが嬉しがるとでも思っているのだろう。
そんなもの、ただの傲慢で不躾な行為にしか思えないのに。
少しばかり心が緩んだアスランが、前を歩く金色の髪を眺める。
名は、確かレイと言った。
「こちらを右に曲がりますと食堂になります。部屋は左手になりますので、お間違えの無いよう」
簡単な造りを説明しつつ、確実にレイはアスランを案内した。
気色を窺い、頃合を見て再び歩き出す。
相手がここの場所を十分に頭に入れたかをはかっての事だろう。
器用だと思う。
流石に議長が用意した人材の事だけはある。
「こちらです。キーロックは初期設定になっております。今すぐ変更なさいますか?」
「いや、後でいい」
「ではどうぞ」
レイは慣れた手つきでドアを操作する。
解除音の後、圧縮式のドアが静かに開いた。
一歩踏み出して、驚く。
広い。
あまりに広いのである。
「ここは…相部屋か?」
「いえ、貴方だけがお使い頂けます」
「こっ………」
こんなに広いとは、という言葉は声にならなかった。
文字通り、絶句である。
入って直ぐに事務処理をする為のデスクとパソコンが2つ、椅子にソファーに、そして絨毯までが敷いてある。
半分だけ開かれているカーテンからは、此処に広がる海と軍事工廠が一望出来た。
どこぞのホテルのスィートルームのようだ。
後から入ってきたレイはアスランの背後から声を掛けた。
「何かお飲みになられますか?」
「え?飲み……あ、あぁ。よろしく」
レイはサッとあるドアへ移動する。
この部屋を知り尽くしているのだろう。…当然の事だが。
アスランは取りあえず己の僅かな手荷物である鞄をテーブルに置いた。
顔が映るほど磨かれているそこに置くのは少々気が引けたが、他に適当な場所がなかった。
「どうぞ、お寛ぎください。お仕事は明日からという手筈ですので」
そう言って紅茶が目の前に置かれた。
自然、アスランの腰は傍のソファーに落ちる。
「ありがとう」
「礼を言って頂く必要はございません」
「いや、それじゃあ俺の気が済まないよ」
カップを片手に少し苦笑すると、レイは少し顔を顰めた。
「……わかりました」
会ってから全く変化の無かった彼だが、やろうと思えばそんな顔も出来るんだと納得する。
手持ち無沙汰に紅茶を回して、ふと突っ立ったままの彼に問いかけた。
「君は要らないのかい?」
「仕事中ですので」
生真面目過ぎる答えに思わず吹き出しそうになる。
「でも、俺だけ飲んでもつまらないし……一緒に飲んだ方が君も俺も楽しいと思うんだけど」
「しかし、」
「それに、飲みながら少し話がしたい。……今のこの世界の情勢について」
そう言われてしまっては断れない。
レイは渋りながらも一礼し、さっと踵を返す。
彼が手に持ってくるポットとカップを待ちながら、アスランはふと外の景色を眺め見た。
「お前がやった事……全部無駄だったのか?」
誰に問いかけるでもない、ただの独り言は、揺れる紅い波に消される。
扉一枚隔てた場所で、カチャリと金属同士が擦れる音を立てた。





いつものようにブラックのボタンを押す。
褐色の液体が注ぎ終わるのを待って、中身を取り出した。
いつもならここで、飲みすぎると胃に悪いだとか文句を言って来るのに。
それがない寂しさを紛らわせる為に一気に流し込んだ。
「……何がフェイスだ」
苦々しげに呟かれた一言。
上にばれたらただ事ではないと判ってはいるものの、どうにもムカつく。
アスラン・ザラに関しての知識なら腐るほどある。
出身から身長、体重のデータまでバッチリだ。
以前無理矢理叩き込まれたものだが、それが余計に煩わしかった。
「GAT−X303イージス、ZGMF−X09Aジャスティス……」
鮮紅を操り、戦場を駆けたあの機影。
連合が残しておいた貴重な残存映像を以前、見せられた事がある。
確かに思った。――バケモノだと。
青い機体と共に並んでいる様は壮観だ。
どちらの機体も人間の反応速度を越えている様に思えた。
そして同時に、こんなバケモノを敵に回し、なお勝とうと思い込んでいる連合が憐れだった。
確かにコーディネーターに勝るにはクスリに頼らなければ苦しい、という見解には至るだろうが。
「アスラン・ザラ………」
そう零すと同時に、後ろから後頭部を叩かれる。
考え込んでいたとはいえ、誰かの気配に気付かなかった事に驚いた。
「ってぇな、何すんだ…」
「なーにブツブツ独りごと言ってるのよ」
振り返った先にある赤い髪に辟易する。
ルナマリアは呆れた顔でシンが手に持つ物を指した。
「アンタまたそんな年寄り臭いもの飲んでるの?」
「ほっとけ」
シンは甘い物が苦手なのだ。
何故かは判らないが、物心ついた時から嫌いだった。
「あら、センパイに対してそんな言葉遣いはないんじゃないの?」
「何がセンパイだ。歳が1、2歳上なだけだろ」
「それだけじゃなくて、ザフトに入隊した時期もあたしのほうが上ですー」
「その割には俺と同じ階級だよな」
含み笑みと共に言い捨てると再び小突かれる。
危うくコップの中身を零しそうになりなんとか死守した。
ルナマリアはそんなシンの様子に気遣う事もせず、背後のボタンを押していた。
甘ったるい果実ジュースにしたのは、シンへのあてつけだろう。
「そういえば、新しくフェイスが来たんでしょ?」
一番触れられたくない内容の為、シンはコーヒーを飲む振りをして返答を避けた。
振り返ったルナマリアが手にしている黄色い液体が入ったコップからは、南国の果実の匂いがする。
「あたしはちょっと報告に行ってて、徴集に行けなかったんだけど……」
そして一口飲み干して、続ける。
「あのアスラン・ザラだってほんと?」
押し黙る。
それが何よりの肯定となった。
あんなのさえ来なければ、今頃レイとお楽しみだったのに。
「よりによって伝説のエースを呼ぶなんて…さすが、議長は顔が広いわ」
またコップに口をつけたルナマリアだが、ふと思い出したように顔を上げた。
「オフのくせにアンタとレイが一緒に居ないって事は…アレもほんとなの?」
思っても見ない新情報に、シンはルナマリアを凝視した。
「アレ……?」
「知らないの?アスラン・ザラの世話役にレイが大抜擢されたって」
シンの指から、ゆっくりとコップが滑り落ちた。


作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ