Weird sisters story
Clotho 8
懐かしい暖かさだった。
柔らかな海に包まれているような、そんな淡い記憶のような温もり。
寒い、なんて口に出さずとも暖めてくれる手だ。
おもむろに手を伸ばす。
そっとその手に重ねると、無意識なのかいつも握り返してくれた。
だけど今は、返してくれない。
そこで些細な疑問が頭を過ぎる。
思えばこの手、いつもより少し大きい気がする。
違う、彼の、シンの手はこれよりも――。
ハッとして完全に覚醒する。
開いた目に先ず映ったのはなだらかなシーツの波、そして背後から包まれるように伸ばされた腕と掌。
無理矢理身を起こして隣の人物を確認した。
「―――っ!!」
危うく声を上げるところだった。
程よい弾力の枕に半ば埋もれるように昏々と眠っている、アスラン・ザラ。
口を手で覆ったまま、レイはよくよく思い起こしてみる。
眠りに着く前、確かアスランと散々に言い合った気がする。
ソファでいいと言ったものの、それではかえって節々を痛める可能性があるだとか何だとか、結局論破されてしぶしぶ彼のベッドに向かった。
だがせめて、とベッドの端ギリギリの所に落ち着いた筈だ。
今のこの場所を見てみれば、紛れもなくベッドの中央、ど真ん中だ。
普段、全く寝返りを打たない己が進んでその場所へ寄り添った可能性は極めて低いだろう。
となると、残る可能性は目の前で眠り続ける上官だが。
「わざわざ運んだのか…」
眠り入るレイが、床へ落ちない為の配慮だろうか。
苦い顔をして前髪をくしゃりと掴む。
他人にそこまで触れられて目覚めなかった己が不甲斐無い。
壁掛けの時計を見れば、いつも起床する時間だ。
ここ最近は自室に戻らず、MSの整備室等でSシリーズの開発をしつつ仮眠を取る、といった事を続けていたからこの時間に起きる事が習慣となったのだろう。
レイはベッドから降り、常の支度をしようと立ち上がる。
ドアに向かいかけた足はふと思い出したように立ち止まり、短く寝息を立てる赤服の肩までシーツを掛け直してやった。
朝食の準備も済ませ、お気に入りのコーヒーもきちんと用意した。
彼が起きてくるまでの合間に何かしておこうと、レイは新型のOS書き換えに取り掛かる。
寝る直前から比べて、もう半分以上終わっているその作業の早さには相変わらず舌を巻く。
微調整をしつつ進めていると、もう起きてきてもいい時間をとうに過ぎてしまっていた。
時間に正確な彼にしては珍しい。
何かあったのかと、レイはその場を立ち上がりベッドルームへと向かった。
シーツに包まる姿は依然として変わりなく。
まさか、と呆れ顔で覗き込めば案の定、ぐっすりと寝入っていた。
余程疲れていたのだろうか、己にはあんな事を言えた立場ではないな、と苦笑してレイは彼の肩を揺すった。
「アスラン、起きて下さい」
振動と呼ばれる名で気付いたのか、青碧の瞳がそっと開かれた。
と、思ったら直ぐにまた閉じられる。
「アスラン」
少し焦り気味で再び呼んだ。
するとややぼんやりとしながらも半身が起こされる。
「……レイか?」
「おはようございます」
あちこちに跳ねる毛先をそのままに、起き上がった格好のままボーっとこちらを見ている。
訝しみながらもレイが口を開きかけた時。
「量子触媒のシステムコードを700に落したらどうだ?」
「はぁ?」
失礼であると考えるより先に、そんな言葉が飛び出した。
そんなレイに、だから、とアスランは前置きして。
「ポジトロニウムの軽量化をした方がお得だと言っているんだ!」
「……………お得?」
何とも不可解な単語に眉を寄せる。
大体、言っている内容が前言と一致しない。
いたって無表情を続けるレイだが。
(寝惚けてる…)
そう考えるのが妥当だろう。
「…アスラン、顔を洗ってこられた方がよろしいかと」
すっと手を差し出すと、意外にも確りとレイの手を借りて立ち上がった。
だがドアに行き着くまでに大きく揺れたかと思うと、激しく頭を壁にぶつけた。
無言で頭を押さえる上官。
咄嗟の事で、レイは反応できなかった。
というより、あのアスラン・ザラがそのような行動をとるとは思いもよらなかったのだ。
「だ、大丈夫ですか…?」
「あぁ…あれ?」
何かに気付いたらしい。キョロキョロと辺りを見渡して、一言。
「俺はいつ起きたんだ?」
真面目に不思議そうな顔をしている上官。
耐え切れず、レイは喉の奥で笑った。
「??」
初めて見る彼の笑顔に戸惑いつつも、アスランの頭には疑問符しかない。
一頻り笑ったレイが、まだ微笑の残る顔で言い放った。
「おはようございます、アスラン」
作品名:Weird sisters story 作家名:ハゼロ