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怪盗スピードスターの初恋

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 なんの誤魔化しにもならないことを言って乗り切ろうとする謙也に反し、白石はひょうひょうとしている。
「街で偶然会ってな、なんとなく世間話したりしてるうちに意気投合してん。俺は仕事柄、いろんな人の話聞くのも勉強のうちやと思ってるし、謙也ともそれがきっかけやな。よう酒場でいっしょに飲むねん」
「酒場……? 謙也くん、夜抜け出してんのって」
「ああ、そういや光くん、なんや勘違いしてたらしいけどな、こいつは女っ気ゼロやで。寂しいもんや」
 うるさい、と白石に噛みつく謙也をきっと目で刺す。
「そんならそう言えや! そしたら俺かて」
「言うたけど、お前が聞いてくれんかったんやろ!」
「やって、毎晩のようにこっそり出ていって、そのくせ俺にもそのこと隠したりとか、そんなん怪しいと思うやろ、普通!」
 恥ずかしいやら、ほっとするやらで、頭の中が湯だちながらわめくと、こらえきれなかったようで白石が噴き出した。
「よかったなあ、謙也。まんざら脈ないわけでもなさそうで」
「あ、余計なこと言いなや白石!」
「光くんも、よかったな」
 何もかも見透かしたかのような白石の言葉と、柔らかい声に、ますます顔が赤くなっていくのがわかる。
 ――くそ、なんもよくないわ、謙也くんのボケナスめ。
「そんで? 今日はどないしたん、二人は」
 これ以上その話題を続けてほしくない、と思っていた光には好都合に、白石はきれいに方向転換した。熱を帯びたほほをこすりながら(無意味だと知ってはいるけども)勢い込んで答える。
「スピードスターを捕まえにきたんや。俺と謙也くんで」
「へえ。なんか作戦でも?」
「特にあらへんけど……」
「やめとき。スピードスターはそこらじゅう走り回るんや。中には危ない場所もある」
「危ない場所?」
「まあ、それはよう言わんけど」
 言わないのだったらこっちも引き下がれない。不服に思って、隣の謙也を見上げると、なぜか神妙な顔をしていた。
「白石の言うとおりやで、光。俺もお前のこと巻きこみたく……巻きこまれてほしくないねん」
「そんなん平気や。警察かておるんやし」
「あいつら、駆け付けるのがいつも遅いねん」
「は?」
「あー、いや、こっちの話。なんかあってからやと遅いんやで? 光はやっぱり、ここでおとなしゅうしとき」
「謙也くん、どっか行くん?」
「それもこっちの話で……ああ、ややこしいなあ……」
 一人で頭を抱えている謙也を冷たく一瞥して、白石の方に向き直る。
「予告の時間ってわかってはるんですか」
「ん? あと……五分くらいやな。なあ、謙也」
 懐中時計で時間を確認しながら、白石は近くのテーブルに無造作に積まれていた書類をがさがさとまとめ、茶色い封筒に入れた。
「悪いんやけど、これを金色っちゅう人に渡してきてもらえん? たぶん、屋敷の裏におるから」
「へ?」
「俺、ここ離れるわけにいかんくてやー……ほら、予告の時間まであんまりないし、俺はここで見とかなあかんねん。でもこっちも急ぎの用やから、お前に頼むわ」
「……ああ! うん、ええよ、わかった。大事な書類やからな、きちんと届けてきたる」
 何度もわかったと頷き、書類を受け取ると、光ににっこりと笑みを向ける。
「そういうことやから、俺はちょお行ってくるけど、光は勝手にうろうろしたらあかんで。白石のそばにおってな、そしたら安心やから」
「しゃあないっすわ……はよ帰ってきいや」
「努力するわ。ほな!」
 言うが早いか、猛ダッシュで駆けていってしまう。そこまで急いでくれなど言ったつもりはないのに。
「光くん、こっち座り」
 大きなかばんをよせて、場所を作ってくれた白石に甘えてパイプ椅子に腰かけるが、どうにも落ち着かない。よく考えてみたら、初対面の相手と二人きりで待っていろと言う謙也はどこかずれている。ましてや、その相手を頼れと言わんばかりだったのは何なのだ。
「あの」
「ん? 寒い?」
「いえ、平気っすわ。――謙也くんと、しょっちゅう会うんですよね?」
「まあなあ。それがどうかしたん?」
「謙也くん、なんで夜出歩きたがるんか言うてました? 女がおるわけでもないなら、しかも会うのが白石さんなんやったら、別に昼間でもええでしょ」
 思い切って声に出すと、抱いていた不安も表に出てきそうだった。
「夜遊びしたい年頃、とかも考えたけど……それやったら俺に言うてくれてもええやん。隠しごとなんか前はせんかったのに。やっぱり、謙也くん……」
「やっぱり?」
 白石の声は優しかった。だからつい、ずっと黙っているつもりだった疑念を打ち明けてしまう。
「――うちに残ったん、後悔しとるんかなって。うちは孤児院やから、ちっちゃい子多いし……その分不自由っちゅうか、謙也くんにとっては窮屈に思えてきたんかな、とか」
 外の自由な世界に憧れて、つかの間でもそれを味わうために夜毎ぜんざいハウスを抜け出しているのだとしたら。
 ――謙也が残ってくれると言ったとき、光は本当にうれしかった。うれしかったのに。
 話しているうちに落ち込んできてしまった光を見て、白石はふう、と息を吐いてしゃがみこんだ。
「謙也の気持ちがちょっとわかる気するわ。こんなんおったら、出ていきたいなんか思われへんよなあ」
「は?」
 顔をあげると、すぐ目の前に白石の微笑があった。よくよく見ると、きれいな顔立ちをしている。謙也がいるときは気がつかなかった。謙也のことばかり、見ていたから。
「心配せんでも、謙也は光くん、いや、光くんとおるのが好きやで。なんも後悔してへん。せやなかったらうれしそうに俺に自分の話ばっかりせんやろ」
「ほな、なんで」
「それは、」
 ばちん、と大きな音が白石の言葉を打ち消し、同時に辺りを照らしていた灯りもすべて消えた。
「スピードスターや!」
 誰かが叫び、集まっていた人々が歓声をあげる。とっくに時間になっていたのだ。
 謙也は、まだ戻ってきていない。
「裏から入ったみたいやで!」
 警察が一斉に屋敷になだれ込んでいくのを見て、光はすっくと立ち上がった。
「光くん?」
「裏から入ったってことは、謙也くんが近い。追いかけてるかも知れんから、俺も行きます」
「危ないって言うたやろ! あかん!」
「謙也くんかて危ないやろ!」
 止めようとした白石の腕を避けて、光は飛び出した。靴は謙也のお下がりで、一番走りやすいものを履いてきた。謙也も軽い靴を選んでいたはずだ。
 スピードスターと謙也が勝負するなら、きっと謙也が勝つに決まっている。
 近くの窓の鍵が開いているのを見つけて、光はそこから屋敷の中に入った。おそらく白石は通れないだろうと思うくらいの小さい窓だった。なかなか成長しない身体を恨めしく思っていたが、役にたつこともあるようである。
 床を蹴る音。扉が開け放たれる音。何かが倒れる音。
 物音のする方向へとだいたいの目星をつけて、光も走る。
スピードスターの通った跡はすぐわかった。わざとなのかは知らないが、紙が散乱していたり、引き出しがすべて開けっぱなしにされていたりと一目で他とは違うことが見て取れた。
何かの書類(帳簿かなにかだったのだろうか、端が綴じられてた痕跡がある)を踏みつけてしまい、光は勢いよく滑って転んだ。