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らんぶーたん
らんぶーたん
novelistID. 3694
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|42ページ/65ページ|

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 シグムントがそう言う隣で、儀式を受けたばかりのエドアルドが少し苦しそうにしている。シグムントが儀式を受けたときも苦しそうな表情を見せていたのを思い出し、カペルは儀式に対する不信感を強くした。
「エドアルド、大丈夫?」
「う、うるさい! それよりもアーヤたちはどうした」
「アーヤならトイレだよ。ルカとロカは——」
 と、カペルが何度目かの説明を始めようとしたところで、部屋の入り口に立っていた衛兵が声を張り上げた。
「殿下のおなりです!」
 部屋に入ってきたのは女性だった。ジーナさんの言っていた姫様だろうか。
 ドレスはフェイエールの赤で染め上げられた布地で、装飾は王族のそれらしく華やかなものだ。肩から腕にかけてが露出しているのも、涼やかで上品な印象を与えている。一つにまとめられた髪がふわりと揺れ、その根元を炎鳳王のそれと同じ意匠の冠が飾っていた。
 本来ならその美しさに目を奪われるはずなのだが、この時カペルは、いや、カペルだけでなくエドアルドたちも同様に別のことに目を奪われた。
「……アーヤ」
 動じていないのはシグムントとユージンくらいか。
 アーヤがそのシグムントの前で立ち止まり、言った。
「英雄シグムントとその御一行。よくぞ我がフェイエールへおこしくださいました。国民一同を代表して歓迎いたします」
 シグムントがアーヤの前に跪き、礼をする。
 アーヤはそのまま進み、王の前で足を止めた。
「おひさしぶりです、陛下」
「……息災か」
「はい。……“祝福”の儀式ですか」
 アーヤがこちらをちらりと見て言った。いつもとは違う、どこか冷たい目をしている。
「英雄殿たっての願いでな」
「……そうですか。陛下のことですから、無理に受けさせたのかと」
「……」
「……」
 アーヤのとげのある言葉に、二人は沈黙する。帰るのが憂鬱と言っていたのは、両親と上手くいってないからなのか。
「不満があるようだな」
「いえ」
「……母にも挨拶を済ませよ、アーヤ」
「はい。仰せのままに」
 きびすを返すと、アーヤはこちらを一瞥することなく出て行った。
「あれが……、アーヤ?」カペルが思わず言葉を漏らす。
「なんだか雰囲気が違うな……」エドアルドも同様に驚いたようだ。
「お姫様みたい、だったね」
「ああ。お姫様みたい、だったな……」


 夜の城内は、耳が痛くなるほどに静かで、道に迷うほど広かった。
 トイレを借りたはいいが、さんざん探し回ったせいか、自分の部屋がどこかわからない。仕方なしに、カペルはふらふらと誰もいない廊下を歩いていた。
「また得体の知れぬ者たちと旅に出るのか。落ち着かないな」
「ずっとお城に閉じこもっていろって言うの!? それじゃ何も変わらないじゃない!」
 せっかくだからと最上階まで上ってきたカペルは、光の漏れだしていた一室から声がするのに気づいた。趣味は悪いと思いつつも、気になって中を覗いてみる。
 アーヤがいた。彼女の父親である炎鳳王シャルークと王妃も一緒だった。
「あの方はハルギータ女皇国の後援を受けておいでです。ブルガス王も認めてくださったわ」
「コモネイルであろう」
「だから何だって言うのよ!」
「コモネイルは所詮、我らハイネイルの庇護下で戯れているに過ぎん。そなたにもわかるであろう、アーヤ」
「わかりたくもないわ!!」
 激高しているアーヤとは違い、王の表情は変わらないように見える。王が黙っていると、王妃が諭すように言った。
「アーヤ、お父様はあなたのことを心配して仰ってるのよ。お父様はあなた以上にあなたのことを理解しておいでです。わきまえなさい」
「何もわかってないじゃない……。ハイネイルにこそ、人間の気持ちなんてわからないのよ!」
「アーヤ……」
 沈黙が三人の間を満たす。
 やはり、アーヤがフェイエールに帰りたがらなかったのは両親との諍いが理由なのだろうか。
「アーヤ、儀式は受けぬのか?」
「またそれなの……」
「あなたは炎鳳王シャルークの第一子なのよ。それを忘れてはいけません」
「母様まで……」
 母親までも敵に回してしまったアーヤは、力なく肩を落とした。
「もう行きます……」
 話は終わりと、アーヤは両親に背を向けた。そして、カペルのいる出口へと足早に歩き出す。
 まずい、見つかる……。
「う、うわぁあ」
 咄嗟に隠れようとしたカペルだったが、間に合わず、足がもつれて尻餅をつく。情けない声も出る。
「カペル! ……あんた、こんなところで何してるの?」
 アーヤに見つかってしまった。カペルはなんとか言い訳をしようとあがいたが、後ろめたさからか、頭が回らない。
「ト、トイレに行ったら部屋がわからなくなって、そ、それで何か声が聞こえたからふらっと近づいたら……ははは……」
 さっきよりも大きく肩を落とすと、アーヤはこけたままのカペルを見下ろしながら言った。
「……ちょっと付き合って」
「は、はい」


 アーヤに連れられて、カペルはフェイエール城のテラスへと出た。青白い月光が褐色の街並みを染めているのが一望できる。街はまだ眠ってはいない。家々から溢れ出る明かりが月光と混じり合い、大地に星空を演出していて、その美しさにカペルは感嘆した。
「綺麗でしょ」
 テラスの手すりにもたれかかり、アーヤは星空を見下ろす。
「悩み事があるときは、いつもここに来るの。この夜景を見れば、嫌なことも忘れられるから……」
「悩みごと、あるんだ」
「……どこから聞いてたの?」
「さっきの話?」
「そう」
「……だいたい全部」
 それを聞くと、アーヤはうなだれて溜息をついた。
「あーあ、聞かれちゃった」
「きっと心配してくれてるんだと思うよ」
「そんなことはわかってるわよ。でも……」
 アーヤが振り向く。青白い月光が差し込むせいか、表情が重い。
「父様が言っていた儀式ってね、人間がハイネイルに生まれ変わるための儀式なの」
「生まれ変わる?」
「そう。資質を持った者が特別な儀式を受けることでハイネイルへと転生する。ハイネイルは元々は普通の人間なのよ」
「……」
「人間じゃなくなっちゃうのよ。今まで通りでいられると思う!?」
「なってみなくちゃわからないんじゃない?」
「なってからじゃ遅いのよ……」
 再び背中を向けたアーヤは、絞り出すように呟いた。
「私、自信がないの……。今まで通りでいられないんじゃないか、何か大切なものを失っちゃうんじゃないか、って……怖いのよ」
 かける言葉がない。親が自分のためを思って言ってくれていることにどう答えればいいのか。ハイネイルになるということがどういうことなのか。どちらもカペルにはわからない次元の話なのだ。助言のしようがない。アーヤも、自分に助言を求めているわけではないのだろう。話を聞くだけでもいいのかもしれない。
 ただ、彼女に何かしてあげたいという思いがカペルにはあった。
 言葉がないのなら、カペルに出来るのは一つだけだ。
 落ち込むアーヤの背中を見ながら、カペルはいつも身につけているフルートを取り出した。唇を合わせ、いくつかの穴を指でふさぎ、そっと息を吹き込む。旋律は思いつくままに。夜風に任せ、星空に歌うように重ねていく。