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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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<二>


 フェイエールのメインストリート。そこに居並ぶ露店の一つで、ウェッジは三十を過ぎてから広がり始めた額に玉の汗を浮かべていた。
 いつ来ても暑い国だ。
 売り物であるブローチやペンダントが、太陽の国の厳しい日差しをテラテラと反射している。こうやって行商に身をやつし、情報を収集することを生業にしてからどれくらいだろうか。従兄弟のビッグスは牢獄の看守なんて仕事をしているらしいが、一つどころに留まらない生活が身体に馴染んだウェッジには、とても真似できない仕事だと思えていた。
 ウェッジは今、フェイエールに来たという解放軍の動向を探っている。ヴェスプレームの塔へ攻め込もうとしていることは明白で、それがいつになるのか、フェイエール首長国軍はどう動くのか、そういった情報を上に伝えるのが与えられた任務だった。
 ウェッジは封印軍で諜報の仕事をしている。
 戦士として立派に戦いたいという思いもあったが、そういった若さゆえの熱も冷めつつあった。月印を持たない自分が、戦いに出たとして何が出来るのかとも思う。今の仕事をやっているうちに、自分にはそういう派手な仕事は向いていないとわかり始めたからかもしれない。自分には裏方が似合っている。大きな手柄もなければ、戦場に行くほどには危険もない。とりあえず食うに困らない程度の報酬さえ貰えれば、それでいいと思わなくもない。
 そう考える自分に、年を取って守りに入ったのかと感じれば、苦笑を浮かべたくもなる。
 しゃがみ込んで品を物色している少年に二十年前の自分を重ね、ウェッジは束の間の感慨にふけっていた。
「おじさん、これ、どこの品?」
 顔を上げた少年の、夕日のような赤い瞳が自分を映す。どこか間の抜けた印象もあるが整った顔立ちと言っていい。せめて自分もこれぐらい顔が良かったならもうすこし違う人生があったかもしれないな、などと意味もなく感慨の続きにふけっていたところで、ウェッジは奇妙な既視感に襲われた。
「ああ、それはケルン……シグムント!?」
 人相書で見た、光の英雄。それが目の前の少年に重なる。
 まさか、こんなところに? それよりも、自分たちが目の敵にしている光の英雄はこんな少年だったのか!?
 突然目の前に現れた大物に頭が混乱し、ウェッジは思わず大きな声を上げた。
 失態だ。
 相手が光の英雄だとしたら、自分の反応に正体を感づかれたかもしれない。背中を冷たい汗が伝う。
「あはは、シグムントさん、有名人だなぁ。よく言われるんですけど、違いますよ。僕、シグムントさんのそっくりさんです」
「……そっくりさん?」
「そっくりさん」
 聞いたことがある。光の英雄に瓜二つの少年が解放軍に参加したと。一度は捕らえた英雄が実はその少年で、看守だったビックスが取り逃がしたという。それがこの少年なのか?
 確かに、英雄と呼ばれるには、迫力がないというか、雰囲気がゆるいというか……にへらとしまりのない笑みを浮かべられれば、その言葉も信じられる気がする。
「へ、へぇ、そっくりさんなのかい。そりゃ、いろいろ大変だろう」
「ええ、まぁ」
 頭を掻いて苦笑する姿には、英雄らしさのかけらもない。だからといって、そっくりさんだと自慢するような素振りも感じられない。どうやら本物ではないのは確かなようだ。
 とりあえず警戒はしつつも、本当にいろいろ苦労してきたのであろう少年の引きつった笑みに、ウェッジの中には妙な同情心が沸きつつあった。
「……おし、英雄様のそっくりさんとあっちゃ、サービスしないわけにもいかないな。まけてやるから好きなの選びな」
 そんな同情心と、あわよくば何かしらの情報が手に入るかもしれないという思いから、ウェッジは言った。
 少年はどうやら女物のアクセサリーを選んでいるようだ。
「女の子へのプレゼントかい? 隅に置けないねぇ」
「いやいや、そういうのじゃないんですけどね」
「兄ちゃんも解放軍なんだろ?」
「ええ、まぁ」
「こんなところで油売ってて大丈夫なのかい?」
「仲間の一人が王様に月印をもらったんですけど、それがまだ馴染んでないらしくて。明日には出発できそうって話なんですけどね。おかげで今日は暇なんです」
「へえ、月印を王様自らとはね。王様がそれだけ協力的なら戦いも楽になるだろうし、良かったじゃないか」
「それが、なんか軍を出してくれないって話なんですよ。どうなっちゃうのかなぁ」
「……ふーん、何でだろうな」
 開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 信憑性は定かではないが、こいつ、全部話しやがったぞ……。
「やっぱりこれにしようかなぁ」
 事の重大さを理解せず、相変わらずしまりのない顔でそう言う少年は、雪の結晶を象ったペンダントを手に取っていた。
「お、おう、いいんじゃねーか。そいつはケルンテンで仕入れたもんでな——」


 それから、額から頬を伝った汗が何個目かの雫となる間、少年はあれでもないこれでもないと物色を終えないでいた。すぐにでも報告を入れたいと思っていたウェッジには、ひどく長い時間に感じられる。
「兄ちゃん、そ、そろそろ決まらないのかい?」
 急いた気持ちを抑えきれずにウェッジは言った。
 その答えが返ってくる前に、少年の隣に別の人影が並んだ。
 ウェッジは思わず身を固くする。
 こいつのことは知っている……。
「アクセサリーになんて興味あるのかい、坊や?」
「ドミニカさん」
 そう、ドミニカだ。フェイエールに雇われた傭兵の中でも、とびきり腕の立つ女だった。この少年が解放軍の一員なら、知り合いであっても不思議ではない。
 そのドミニカが、探りを入れるように視線をこちらに向けた。ウェッジは反射的に作り笑いを浮かべる。それは長年の諜報活動で培った習性のようなものだ。
 怪しまれているのか? 何か下手を踏んだだろうか……。
「興味があるわけじゃないんですけどね。きれいだったからアーヤにでもプレゼントしようかと思って」
「へぇ、案外マメなんだね」
「ははは……。助けてられてばっかりだと、格好つかないじゃないですか。これでも僕、年頃の男の子ですからね。一応、体裁ってものがあるんで」
「なんだいそれ」
 ドミニカが笑う。笑いながらも、こちらを探る気配は消していないのを感じられて、ウェッジの汗は熱を失うばかりだ。
「……じゃあ、これにしておきな」
 ドミニカが指さしたそれは、クマをかたどった子供向けのブローチだった。
「クマ? しかも子供っぽくないですか、これ」
「それでいいんだよ」
 そのブローチを手に取り、少年が不思議そうに眺めていると、「じゃあ私は用があるから」と言い残してドミニカは行ってしまった。
 落ち度は無かったはずだ。怪しまれたとしても、それは勘であって確証はないだろう。気づかれてはいないはずだ……。
「子供っぽくないですかね」
「うーん、確かにね」
 年頃の女の子が喜ぶ品とは思えない。だから正直にそう言ったのだが、少年は「まいっか」とあっけなくそれに決めた。今まで悩んでいたのは何だったのだ……。
 まあいい。
 いずれにせよ、これで店を閉められる。報告に行ける。
 はずだったのだが……。


「シグムント様ー」