小説インフィニットアンディスカバリー
中央の転送陣の前に立ち、野卑た笑いを浮かべているのは、浅黒い肌に長い金髪を揺らす三十絡みの騎士だ。雑兵のそれとは違う甲冑。加えて、笑いながらも油断のならない気を放っているのを感じられれば、やつが封印騎士の一人であることはすぐにわかる。
「おまえがここの鎖を守る封印騎士か」
「いいや、違うよ。ボクは助っ人。君たちをここで葬るためのね」
直後、封印騎士の後ろで転送陣が光の柱を屹立させ、その中から別の男が現れた。
「来たか……」
同じく、雑兵の使う量産品とは違う甲冑を身にまとい、細身の剣を抱えて出てきた男。癖のない黒髪をかき上げた下に見えたのは、金髪の男とは違う若い男の顔だった。その男が言う。
「光の英雄というのはおまえか」
「……」
「レオニード様が、おまえと話をしたいとおっしゃっている。だが、簡単に通すわけにはいかん」
シグムントが剣を引き抜いた。カペルが一歩後ずさりする。
戦闘が始まる。そう思って、エドアルドは剣を握る手に力を込めた。
「……と言いたいところだがな。ニエジェラン」
「ふん。ドミトリィ、いつからボクに指図する立場になったんだ?」
言いながら、金髪の男が月印を発動させ、突然、両手を床に押しつけた。
次の瞬間、解放軍全員を包むような巨大な魔方陣が床に浮かび上がり、光の柱を天井へと伸ばした。
何かが来る。その前に魔方陣から抜けられるか。いや、無理だ。それなら。と剣を構え直したとき、「うわっ」といつもの間の抜けた声が聞こえて、エドアルドはそちらへと目を向けた。
カペルだ。カペルの身体が宙に浮かび上がり、そこに魔方陣が放つ光が凝縮し始めている。
「あれ、おかしいな。鎖を斬れる光の英雄様に反応するように作ったはずなんだけどな」
金髪の男が首をかしげているが、魔方陣の発動は止まらない。
「まいっか」
男がにやりと笑うのと、「カペル!」と叫ぶ声が聞こえたのは同時だった。
集まっていた光が球体を作り始め、カペルはその中に閉じ込められようとしていた。そこに、カペルの名を叫んだシグムントが飛び込んでいく。
「シグムント様!!?」
エドアルドが叫んだときには、二人は完全に球体に飲み込まれてしまっていた。
「ふひひ、行ってらっしゃい」
金髪の男、ニエジェランが口元を歪ませると、光の球体は、その中身もろとも消え失せ、同時に床の魔方陣もかき消えた。
シグムント様が……消えた……?
「貴様、いったい何をした!!?」
「慌てなくても大丈夫だよ。こいつが言っただろう? レオニード様が光の英雄と話をしたがっているって。だから、一足先に塔の屋上にお送りしただけさ。まっ、おまけがくっついて行っちゃったけど」
信用できるのかは定かではない。ただ、今はその言葉を信じるより他はなかった。あのお方は無事だ。たとえレオニードと一騎打ちになったところで、負けるはずはない。
そう自分に言い聞かせることができると、突然の事態にわき上がっていた怒りもいくらか落ち着き、まずはこいつらを倒すことに集中しようとエドアルドは考えることができた。
その矢先だった。
「でも二人で飛んでいっちゃったからね。コントロールが狂って、出口がずれてなきゃいいけど。ずれてたら、塔の高さから落ちることになっちゃうものね。ふひひ」
「なんだと!?」
「さすがの英雄様でも、あの高さから落ちたら助からないよね?」
「貴様ぁ!」
待つ必要もなく沸点を超えた怒りが身体を突き動かし、エドアルドは弾けるように金髪の男に飛びかかった。
しかし、その突進も簡単に受け止められてしまう。
「君たちはボクとここで遊んでもらうよ。せいぜい楽しませておくれ」
そう言った男に、エドアルドはつばぜり合いの状態から吹き飛ばされてしまった。
「エドくん、落ち着いて!」
ユージンの声が聞こえたが、落ち着いていられるはずもない。口に血の味が広がるのを感じながら、エドアルドは立ち上がった。
「余談はそのへんにしておけ、ニエジェラン」
金髪の男に、もう一人が言った。
「ドミトリィ、おまえはさっさとやることをやって持ち場に戻れよ。ここはボクのパーティー会場だよ」
「……」
ドミトリィと呼ばれた若い方の男がそれに無言で答え、右手に月印を発動させた。胸の前に握られた右手が赤黒く光り、ドミトリィがそれを水平に伸ばすと、放たれた大量の光が大広間の外周に拡散する。
そこに無数の魔方陣が発現した。ドクンと空間全体が脈動し、それらの魔方陣が、禍々しい光を次々と屹立させる。そして、その中から、モンスターの群れが折り重なるようにして現れ始めた。
「ぬかるなよ、ニエジェラン」
「だから口の利き方に気をつけろよ、クソガキ」
「……」
ドミトリィはエドアルドたちを一瞥すると、現れたときの転送陣の中へと消えていった。
「ふん」
苛立ちを鼻息で紛らわしながら、ニエジェランが近くの台座からこぶし大の宝珠を取り外すと、転送陣は力を失ったように光を無くす。
「さぁ、解放軍のみなさん、パーティーの始まりだよ」
ニエジェランの歪んだ笑みに、モンスターたちの咆哮が重なる。
大広間全体がうなり声を上げているような錯覚の中で、エドアルドは、唇を噛んで衝動を抑え込んでいた。
光が視界を塗りつぶし、おぼつかない浮遊感を覚えるところまでは、最初の転送陣と同じだった。違うのは、そこに落ち着くはずの足場がなかったことだ。
大広間で敵と対峙し、直後に床から立ち上ったか光にのまれると、カペルだけが突然ふわりと浮かび上がった。何かに縛られているような感覚はないが、踏ん張る足場もなければジタバタするしかなく、その空虚さと無力さに呆然とする。
強制的に別の場所へ飛ばされる感覚の中で、確かなのは、助けに飛び込んできたシグムントの手の感触だけだった。
数階分を縦貫した大広間の天井も高かったが、転送された先はその比ではなかった。なぜなら、そこが外だからだ。水平に走らせた目に移るのは空ばかり。その青さに思わず感嘆の声をもらし、束の間の開放感にひたったカペルだったが、身体を包み込んでいた光が消えた瞬間、事態は一変する。
おぼつかない浮遊感は消え失せ、有無を言わさぬ自然の摂理が身体を落下させる。もう一度ジタバタしてみるものの、ただ一つ、下に引っ張る強烈な力だけが自覚され、恐慌を起こした頭には無数の映像が乱舞した。
子供の頃のこと。
笛を吹いて歩いた旅のこと。
解放軍の戦いのこと。
アーヤのこと。
乱反射する記憶の対岸で、「ああ、これが死ぬ間際に見るっていう……」と冷静に分析する自分を見つけたカペルは、直後「カペル、落ち着け!」と呼ぶ声に意識を引き戻され、左手に感じる熱を再認識した。
「シグムントさん!」
引き寄せられるように振り返ると、もう一人の自分の姿が大写しになる。姿形は似ていても、中身の部分で大きく異なる、もう一人の自分。その顔を見てわずかに冷静さを取り戻したカペルは、背景に塔の壁面が見えることにようやく気づいた。
「塔まで飛ぶぞ、つかまれ」
「と、飛ぶって、どうやって……?」
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん