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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|51ページ/65ページ|

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 手首ごと握られたシグムントの左手にしがみつきながらカペルが問うと、シグムントはそれには答えず、右手の月印を光らせた。
 身体を水平に寝かせたシグムントの足下に、小さな力場が形成される。ショプロン村で封印騎士と戦ったときに使ったわざと同じだ。空中に作り出した力場を蹴って、敵に突進したわざ。あれの応用をここでするというのか。
 カペルがシグムントの手を強く握り直した直後、腕がちぎれそうなほどの横殴りの力が襲ってきた。シグムントの生み出した爆発的な横への推進力と、下へと引っ張る自然の力が重なって、二人は斜め下へと流されながら塔の壁面に突進した。
 だが、手をかける場所がない。壁面にとりついたとしても、どうやって止まる?
 カペルが疑問を並べている間に、シグムントは次の行動に移っていた。
 月印の光る右手で剣を引き抜き、そして、逆手に持ったそれを壁に突き刺した。
 石造りの壁と金属の剣が擦過して火花をまき散らし、抉り取られていく石のかけらが無数に飛び散る。その様子が至近にうかがえ、カペルは思わず顔を下に背けた。
 そこに、塔の外周を囲むようにテラスが展開しているのが見えた。あそこにたどり着ければとも思ったが、まだかなりの高さがあるとはいえ、落下速度を減殺しきれておらず、このままではただでは済まない。
 その下には、大地の様子が霞んで見えた。そっちに落ちれば終わりだなと冷静な方の自分が分析しているのを感じながら、恐慌の中の自分は、唯一の頼りであるシグムントの手を一心不乱に握り直そうとした。
 直後、今までで一番の衝撃がカペルを襲った。その力は、シグムントの腕を握る手を強制的に引きはがし、結果、カペルは一人で落下を始めた。
 どうして……?
 疑問の答えを探して、離れていくシグムントの姿を見やると、彼はこちらに手を伸ばしながら壁の途中にぶら下がって止まっていた。
 そうか、剣が何かに引っかかったんだ。それで……。
 絶望的な状況を再確認した頭の中で、死が再び現実味を持ち始める。恐怖に白濁する思考の外で、カペルは気づかぬままに絶叫していた。
「——さん!」
 伸ばした手の向こう側で、シグムントが剣を引き抜いてこちらに飛んでくるのが見えた。だが、死の恐怖が意識を寸断し、視界に白いとばりを下ろしていく。
 全てが白く消え失せる前に、シグムントの熱が触れたような気がした。
 その熱が死の感触を次第に薄れさせていく。
 包まれるようなやすらぎを感じながら、カペルの意識は眠りへと落ちていった。


 見たことのないモンスターもいるが、所詮は我を失った獣の群れだ。
 二股に割れた槍の刃で弧を描きながら、ドミニカは複数のモンスターを一度になぎ倒した。倒れたモンスターは、怪しげな黒い光を放ちながら次第に消えていく。本物の獣ではない。召喚獣か何かか。それを判断する前に、くすんだ光の向こうから別のモンスターが飛びだしてくる。
 個体の強さは問題ではなかったが、この数は厄介だった。倒しても倒しても、次のモンスターが魔方陣から出てくる。術者を倒さねば終わりがないのかもしれない。ただ、その術者はすでに転送陣の向こう側に消えていた。
「うおおおおお!」
 術者とは別の封印騎士——ニエジェランといったか——に飛びかかりながらエドアルドが叫ぶ。冷静さを失っているのは明白で、大ぶりになった大剣の軌道は読まれ、完全に踊らされている格好だ。ニエジェランがその様子を嘲笑しているのが見え、封印軍だからという理由以前に、人間として嫌悪感を感じざるをえない相手だと理解したドミニカは、アーヤたちにまだ余裕があることを見て取って、エドアルドとニエジェランの間に割ってはいることを決断する。
「アーヤ、そっちは大丈夫だね。私はあの血の気の多いのの加勢に回るよ」
「うん、わかった」
 いつの間にか、ずいぶんと心強い返事をするようになったと感心したのもつかのま、アーヤがそんな戦士の空気をまとう必要はないことに気づいて苦笑する。
 初っ端にリーダーを失った解放軍を立て直すのはベテランの仕事だろう。今残っているメンバーで言えば、戦闘経験の多いのは自分かバルバガンか。バルバガンがユージンとミルシェの魔術師二人を庇うようにしてモンスターを追い払っているのを確かめ、ドミニカはエドアルドの方へと走り出した。
 その気配を感じとる余裕は、ニエジェランにはあったがエドアルドにはない。横目にこちらを確認したニエジェランがエドアルドをはじき飛ばすと、飛び込んだドミニカの一撃を受け止める。
 肌のひりつく感覚。
 久しぶりだった。強敵だ。
「次は私の相手をしてもらおうか」
「ふひひ、気の強い女だね。ボク、嫌いじゃないよ」
「あいにく、自分のことをボクなんて呼ぶ男には興味ないんだよ!」
 答えながら突き出した槍は、踏み込み半歩分の余裕を持ってかわされる。「んー、いい返事だなぁ」とにやけ面を浮かべる様子を見て取れば、やはり手の内を隠していると判断せざるを得なかった。
「ドミニカ、下がれ! 俺の相手だ!」
「頭を冷やすんだ。状況をいったん立て直す。あんたこそ下がりな!」
 センスは悪くない。調練も十分している。冷静さを取り戻せば十分に戦えるはずだ、と今までのエドアルドの動きから見て取れたが、上気した様子を横目にうかがえば、彼にはそれが一番難しいことだともわかる。
 エドアルドが立ち上がり、すぐにでも飛び込んできそうな気配を感じたドミニカは、内心で嘆息をもらし、エドアルドに合わせた動きに徹することにした。二対一は不本意だが、そうも言っていられない。
「仕方ない、か」
 エドアルドが上段から大剣を振り下ろす。それを横に身をひねってニエジェランがかわすが、大剣を挟んでドミニカの向こう側に退けるのは当然だ。
 それを読んで回り込み、槍を突き入れてみるものの、回り込んだ分の遅れからそれもかわされてしまう。だがそれでも、ニエジェランの動きを一拍だけ封じる効果はある。
 それを感じとったエドアルドが、振り下ろした大剣を斜めに跳ね上げた。
 やはりセンスは悪くない。
 ニエジェランはそれを辛うじて受け止めたが、大剣の質量と速度に数歩分はじき飛ばされる。全てかわされていたエドアルドの攻撃が、防がれたとはいえ、ニエジェランに当たったのはこれが初めてだった。
 余裕の笑みが消える。だがその表情は、危地に追い込まれたというよりは、面倒なものに巻き込まれた、といった印象だった。
 再びニエジェランが小さく笑う。何かを企んでいるのか……。
 その機微を読み取るだけの余裕はエドアルドにはない。間髪入れずに飛び込み、渾身の突きを繰り出す。見切られている攻撃があたるはずもなく、カウンター気味に入ったニエジェランの蹴りに、エドアルドは派手に吹っ飛ばされた。
 それら一連の動きを、戦いの経験から無意識に読み取りつつ、ドミニカは敵の動きに合わせて攻撃を繰り出した。
「おわっ、ちょ……」
 ふいにニエジェランの動きが鈍った。すかさず押し込むと、ニエジェランは、懐に入れていた転送陣の鍵、宝珠を落とす。それは不自然なほどまっすぐに、吹き飛んだエドアルドの足元に転がっていった。
 エドアルドは、当然それを拾い上げる。