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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|52ページ/65ページ|

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 転送陣の鍵があれば、上に行くことが出来る。レオニードのところへ行ったというシグムントたちと合流することも出来るが、上に上がっていった封印騎士もまた同様の罠をはっていないともかぎらない。まずはここの体制を立て直す方が先か。だがそれ以前に、こんなにも簡単に宝珠を落とすのはおかしくないか?
 矢継ぎ早にドミニカは思考を巡らすが、エドアルドがそれに気づくはずもなく、一瞥をくれると、転送陣のほうへと走り出した。
 まずい。一人で行く気か。
「待ちな、エドアルド!」
 静止も聞かずにエドアルドが宝珠を台座に収めると、転送陣が光の柱を屹立させる。
 その転送陣に足をかけると、エドアルドは頑なな視線をこちらに向けた。少しは冷静さを取り戻したかのようにも見えるが、いずれにせよ、どんな罠が待っているかわからない。転送陣の向こう側へ一人で行かせるわけにはいかない。
 再び制止の声を上げようとした瞬間だった。
 突然、どす黒いエネルギーの奔流が転送陣を囲むように立ち上り、エドアルドの視線を遮る障壁となる。
「一名様、御案内。ふひひ」
 振り返ると、ニエジェランが障壁と同じ色に月印を光らせている。
「その障壁は自信作でね。そうそう破れるものじゃないよ」
 その言葉を裏付けるように、エドアルドに飛びかかろうとしていたモンスターの一匹がその障壁に触れると、四肢を引きちぎられる勢いではじき飛ばされた。
「エドアルドくん、だっけ? 君は上に行くといい。あのいけ好かないガキに痛い目を見せてやってくれよ」
 たぶん無理だろうけど、と続けた声はエドアルドには聞こえていなかっただろう。「待て」と叫ぶドミニカの声に振り返ることもせず、エドアルドは転送陣の中に消えていった。
「さあ、残ったキミたちはボクの遊び相手だ。おもちゃも用意しているんだよ」
 再びニエジェランが月印を光らせると、頭上に巨大な魔方陣が浮かび上がる。ドミニカが咄嗟に飛びのいた直後、魔方陣から巨大な何かがぼとりと落ちてきた。
 それは巨大な“目”だった。直径でドミニカの倍はあろうかという巨大な“目”は、紫がかった皮膜をまぶたの様に瞬かせ、上に伸ばした触手にぶら下げたもう一つの“目”でこちらの様子をうかがいながら、宙にふわふわと浮いている。
 何度目かの瞬きの後、“目”の瞳の色が変わったのを見て取ったドミニカは、肌が粟立つ感覚を覚えて、弾かれるようにその場から離れた。
 瞳の色の変化が止まり、もう一度瞬いた直後、そこから極太の光線があたりを薙ぐように放出された。光線に飲み込まれたモンスターが蒸散する。
「“クロン”ヴィシャスアイ。ボクのかわいいペットさ」
 焼け焦げた床が空気を揺らす向こう側で、ニエジェランが不敵に笑う。
 すぐにエドアルドを追うのは難しいと判断したドミニカは、無事を祈ったのを最後にして、意識を目の前の敵に集中させていった。


 ぱらぱらと何かが頬を打つ。
 茫漠とした意識が最初に焦点を合わせたのは、その感覚だった。目を開けると、青い空と塔の外壁が視界を二分していて、自分はそれを仰向けに見上げているのだと理解する。
 助かったのか……。
「起きたか、カペル」
 石畳に冷やされたからか、それとも落下の恐怖からか、強張っていた身体を無理矢理動かしたカペルは、上体を起こして声の主を見つけた。シグムントは、塔の外壁にもたれかかって座り込みながら、月印の力で怪我の治療をしているところだった。
 肩当ての無くなった左腕を抱えるように月印の光をあてがっている。
 改めて自分の身体を見直してみるが、シグムントと違って、怪我らしい怪我はほとんどない。怪我をしないように助けられたのか、もしかしたら意識を失っている間に治療をしてくれたのかもしれないが、いずれにせよ、シグムント自身よりも自分を優先してくれたのだろうことは判断でき、助けられたのだという実感がカペルに礼を言わせた。
「あの、ありがとうございます。助けてもらっちゃって」
 間の抜けた感謝の言葉を伝えると、シグムントは視線をカペルに据えて言った。
「おまえは私が守る。そう決めたのだ。礼を言う必要はない」
「僕を……守る?」
 予想していなかった言葉に頭が混乱し、「何故?」という一言が声にならずに腹に沈んでいく。僕を助けるために怪我をして、それでレオニードに負けてしまったら本末転倒だ。どうしてそんなことを……。
 ただ、怪我はそれほどひどい状態ではないらしい。ふと塔の壁面を見上げると、直線に抉り取られた跡が見えた。落下の恐怖を思い出した身体がぶるりと震えたが、自分が無傷なことも合わせて、シグムントが上手くやってくれたのだろうとカペルは胸をなで下ろした。
「カペル、おまえに話しておくことがある」
 不意にシグムントが言った。重大な話だという予感が心臓を跳ね上げたが、「どうしたんです、あらたまって」と、カペルはあえて気軽に返事をしてみた。
「私は鎖を斬ることができなくなった」
「へぇー、鎖を……って、ええ!?」
 冗談なのか? いや、こんな冗談を言うような人じゃない。それがわかるからこそ、ことの重大さに呆然とする。シグムントが光の英雄と呼ばれるのは、誰にも斬ることの出来なかった月の鎖を斬ることができたからだ。それができなくなったとシグムントは言う。
 もしそれが本当ならば、これからの戦いはどうするつもりなのだろう。鎖を斬ることが出来ないのなら、戦う理由もなくなってしまう……と考えたところで、もう一人、鎖を斬ることのできる人物に思い当たったカペルは、シグムントが自分に何を言いたいのかがわかってしまった。
「カペル、これからはおまえが解放軍の剣となれ。私はおまえを守る盾となろう」
「剣って……。僕、いざとなったら逃げちゃうようなやつですよ?」
 つまり、シグムントの代わりをやれと言っているのだ。その確信がカペルの声を微かに震えさせた。
 ここまで来たのは、あくまで解放軍のゲスト、おまけとして自分を見ていたからだ。居心地の良さもあいまって、気軽についてきたという自覚がある。
 それが、事の中心に据えられるというプレッシャーに取って代わる。以前、青龍に言われた「避けられぬ戦いが待っている」という言葉を思い出すと、脳裏に浮かんだ未来に血の気が引くのがわかり、心臓を鷲づかみにされるような感覚に汗が背中を伝った。
 それを見透かしたのか、ふっとシグムントの表情が和らいだように見えた。
「逃げるか。それもいいさ。おまえはおまえのままでいい」
「いいんですか!?」
「……だが、カペル、これだけは覚えておけ」
 それもいいさと言われても逃げ出せないことくらいはわかる。それでも優しげなシグムントの声音にいくらか楽になった気分は、シグムントの次の言葉を待っていた。
「大切なものを見つけたら、何があっても守り通せ。何があっても、だ」
「大切なもの……」
 咄嗟には思いつかず、カペルは言葉に詰まった。
 ずっと一人で生きてきた。家族も居なければ友人もいなかった。
 ずっと世界と距離を取ってきた。自分の居場所のない世界なら、近かろうが遠かろうが関係がなかった。