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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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 封印騎士を倒す。
 ショプロン村で戦ったセムベラスという封印騎士には、結局勝つことが出来なかった。とどめを刺したのは自分だが、そこまでやつを追い込んだのはシグムント様だった。
 その直後に、カペルが月の鎖を断ち切った。戦力では自分が上という自負はあったが、それでも封印騎士に勝てない程度ならば、どちらがあの方にとって必要な存在なのか。それを考え出すと、いてもたってもいられなかった。
 だから、ここで封印騎士を倒す。
 フェイエールで得た新たな月印の熱を確かめ、猛る気持ちを抑え込みながら、エドアルドは禍々しい彫刻の並ぶ回廊をひた走った。

 回廊の先には大きな部屋があった。どこかにある通気口から風が吹き込み、松明の明かりを揺らしてはいるが、窓の類はない。通路にあったものと同じ彫刻が壁に並び、趣味の悪い部屋だと片付けたエドアルドは、そこに待っていた男を見つけた。
 封印騎士。
 ドミトリィと呼ばれていた、黒髪の若い男だ。
「一人か」
 静まりかえった部屋にドミトリィの声が広がる。次いで「ニエジェランめ、わざと通したか……」と毒づく声が聞こえ、鞘から剣を抜く音を響かせた男が油断のない目をこちらに向けた。
 それは剣士の目。矜恃を持った目の色に、この男は剣士なのだと理解したエドアルドは、罠への警戒を解いて戦闘態勢に入った。
「まぁいい。名を聞こう」
「エドアルドだ」
「封印騎士の一人、ドミトリィだ」
 名乗ると同時に二人は床を蹴り、部屋の中央でぶつかった。
 身長ほどもあるエドアルドの大剣の突撃を細身の剣で受け止めながら、ドミトリィは涼しい顔さえ浮かべている。
「聞いていたよりもやれるようだな」
「なめるな!」
 ドミトリィの剣を跳ね上げ、そのまま大剣を振り下ろす。だが、隙を見せたのも一瞬、ドミトリィはすでにその場にいなかった。剣が斬ったのは残像のように残る黒い靄で、ドミトリィは間合いのはるか外に移動していた。
 サランダがそうしていたように、ドミトリィもまた空間を瞬間移動できるのか。だとしたら厄介な能力だ。
 もう一度相手を睨め据える。その横に沈黙したままの転送陣を見つけ、こいつを倒さねば先へは進めないと悟った頭が身体に覚悟を促す。
 大剣が心なしか軽く感じるのは、月印の出力があがったからだろうか。暴れ馬のような新たな月印を御さなければ勝つことも難しいのならば、何があろうとやるしかない。そう断じた意志が、剣の柄をきしませた。


 荘厳な印象もあった下層とは違い、中層から先は不気味ささえ漂わせる薄暗さだった。
 内部に再び侵入したカペルとシグムントは、抵抗はおろか人の姿さえ見あたらない通路をひたすら歩いていた。封印騎士の一人が言っていたように、レオニードはシグムントを待っているのかもしれない。罠とも余裕とも取れる状況に竜骨の祠で見た仮面を思いだし、カペルは肌が粟立つのを感じた。
 それでも、なんとかなる。離ればなれになったアーヤたちとも、当たり前のように再会できる。そう楽観できるのは、シグムントの背中を見て歩いているからだろうか。
 通路の闇が払われた一角に出る。転送陣だ。
 迷うことなく光の中に消えたシグムントを追うと、その先には大階段があり、見上げたそこにはぽっかりとくりぬかれた青空があった。
 頂上だ。その先には月の鎖があり、そして、おそらくレオニードがいる。
「行くぞ」
 振り向いて言うシグムントに一つ頷き、カペルは階段を上り始めた。
 一歩ごとに強くなる陽光に目を細くし、吹きつける風に髪がなびく。足取りは思っていたよりも重くない。負けることを想像させない背中を見上げ、当たり前に勝って帰れるという思考を引き寄せながら踏み出した足が、階段の終わりを告げた。
 
 円形に広がる塔の屋上は、その中央部に祭壇のような台座を構え、そこから天を貫く巨大な鎖を伸ばしていた。燃えるような赤い光球を支点にして螺旋を描く基部。カペルには理解できない文様を浮かび上がらせながら、ぼんやりと光を湛える巨大な鎖。何度か見たそれと変わらぬ姿を視界に納めると、鎖を背にした二つの人影が目に入った。
 添うように横に立ち、深紅の髪とドレスを風にはためかせているのはサランダだ。そして、台座に腰掛け、高所からこちらを見下ろす男はレオニード。竜骨の祠で見たのと同じ黒塗りの甲冑に身を包み、銀髪を風に揺らしながら、隠すでもなく人を軽侮する目を仮面の下から覗かせている。背中からだらりと下げた赤い鎖が血を連想させ、直接間接問わず、敵味方も問わず、この男は今までどれほどの流血を引き起こしたのだろうかと考えたところで、レオニードが片笑むのをカペルは見た。
「待っていたぞ、英雄殿」
「レオニード……」
 月の鎖を打ち込む男と、それを断ち切る男。
 これまでの封印軍との戦いは、極論すればこの二人の戦いなのだ。数年分の因縁を含んだ視線が交錯し、空気がずしりと重くなる。
「前に会ったのも、ここであったかな?」
「……」
 無言を返し、シグムントは剣を抜く。つられて剣を抜いたカペルだったが、二人の戦いに入り込む余地など無いだろうことは想像に難くなかった。なら自分には何が出来る?
 不意に悪寒が走り、その元凶を探したカペルはサランダと目を合わせた。品定めされるような感覚は前にもあった。美人にそうされれば悪い気はしないというのがいつものカペルだったが、状況が状況だけにそうも暢気ではいられない。サランダが手に持つ鞭のような一本の鎖が太陽の光を赤く反射し、それにも血の色を見たカペルは、あの人も強いんだろうなとぼやけた思考を巡らせた。
「あっ……!」
 そして、カペルは気づいてしまった。
 もしかして、僕が戦うの……?
 見回すまでもなくここにいるのはカペルとシグムントの二人だけで、相手も同じように二人。考えるまでもなくシグムントはレオニードと戦うのだろうから、必然的にサランダの相手はカペルがすることになる。
 当然の帰結に身が震え、喉まで出かかった弱音をなんとか飲み下す。それを見透かしたサランダがサディスティックな笑みを浮かべれば、飲み下したそれがもう一度せり上がってくるが、カペルは何とか、力なく笑うだけにとどめた。
「カペル」
 シグムントに呼ばれ、カペルはビクリと身体を硬直させた。
「おまえは身を守ることに専念しろ。そして、鎖を断つ隙をうかがえ。私が必ずその隙を作り出す」
「は、はい」
「……大丈夫だ、カペル。私を信じろ」
 自分が加勢できるとも思っていない。とにかく足を引っ張らないでいれば、シグムントが何とかする。人々の希望を一心に受けた男の言葉を、自分を信じろとはっきりと言った男の言葉を、今は信じるしかない。
「相談はもう済んだかな?」
 レオニードの声とともに、背中の赤い鎖が一つ、猛烈な勢いで空を斬った。
 シグムントはそれを打ち落とそうとしたが、触れた瞬間にゆるんだ鎖がその剣と右腕に絡みつく。シグムントをゆっくりと引き寄せながら、レオニードが続けた。
「あまり余を待たせるな。余は神の高みへと上り詰めなければならない。そなたらと違って無駄にする時間はないのだよ」
「神だと?」