小説インフィニットアンディスカバリー
「人に選ばれし英雄殿も、神に選ばれし余の前では格が違うと言うもの。それくらいはわかるであろう?」
青龍との会話でも同じようなことを言っていたのを思い出す。神になる? 狂っているとしか思えない言葉を、仮面の下に見え隠れする狂気が裏付け、理解の及ばない、理解したくもない相手という認識をカペルは新たにした。
「……戯れ言だな」
「余の為すこと全てが真理だ」
当たり前と言い放つこの不遜な男に、何故、軍と呼べるほどの人数が従うのだろうか。その答えをカペルが見つける前に、レオニードのマントの下にあった無数の赤い鎖が蠢きだし、戦闘の開始を告げた。
「英雄殿、そなたの命、我が神に捧げるとしよう」
「闇公子レオニード。全ての民にかわって、ここでおまえを討つ!」
まとわりつく鎖を打ち捨て、シグムントは剣をレオニードに据える。
自分にやれること。
身を守れと言われたことを思い出し、カペルは視線をサランダに移した。瞬間、サランダの姿が消え、カペルの目の前に現れる。
「坊やの相手はこのあたしだよ」
あごを撫でようと伸ばされた手をかわし、咄嗟に後ろへと跳びながら、カペルは剣を構え直した。
「あら、年上の女は嫌いなのかい? せっかく誘ってあげているのに、そんな嫌そうな顔をするものじゃないよ」
高慢に笑う顔を背景に赤い鎖の鞭が揺れ、相容れない相手だと辿り着いた結論に、背中を汗が伝うのがはっきりと感じられた。
「大丈夫、殺しはしないさ。たっぷりなぶってあげるだけ。ふふふ」
ざわりと心臓を撫でられたような感覚に襲われ、とにかく生き残ることだ、とカペルは硬直しようとする身体を叱咤した。
奥の手を隠しているのはお互い様か。
ドミトリィと何度かぶつかり合ううちに、エドアルドはそう確信した。
「本気で来ないのか?」
相手もそう感じていたようだ。エドアルドは「お互い様だろう」と応じながら、このままでは埒があかないのも事実だと認めざるをえず、そろそろか、と口中に呟きながら手の甲に光る月印に目をやった。
新たに授かったそれは、以前のものと比べものにならないほどの力を秘めている。ときに暴れ、それを御しえなければ己が身を焼くことになるだろう、と炎鳳王は仰っていたが、今ならそれがよくわかる。
身を焼くほどの力は、すでに皮膚を裂かれるような痛みを身体に刻み込んでいた。秘めた力を解き放てばどうなるか、それを耐えることができるのか。とにかくやれるだけやってみるしか、勝つ方法はないのだろう。
エドアルドは、気合いを一つ発し、剣を敵に相対させた。
瞬間、全身に衝撃が走る。
体液という体液を沸騰させる月印が、あふれ出す力と激痛を指先一つ一つにまで押し広げ、エドアルドは呻きを漏らしながら不敵に笑った。
やれる。この力があれば、封印騎士を倒すことができる。
「ほぉ……」
まだ余裕を見せる封印騎士に、そんな顔をしていられるのも今のうちだけだと毒づき、エドアルドは床を踏み砕きながら飛び込んだ。
爆ぜた床石が中空を漂う間にドミトリィとぶつかる。余裕を持って受け止めていた敵の剣を大きく弾き、その隙を埋められる前に次の攻撃を振り下ろす。ドミトリィの致命となる隙間を少しずつ押し広げ、いけると踏んだエドアルドは、左下から渾身の力で大剣を切り上げた。
その剣先は、ドミトリィの甲冑をかすめたが、切り裂いたのはそれだけだった。
「ちぃ!」
思わず舌打ちをし、一手早かったかと反省するエドアルドの目が、ドミトリィの甲冑からこぼれ落ちた丸い革袋を捉える。
宝珠だ。
転送陣を起動するための宝珠だと判断した瞬間、間合いを詰めたエドアルドは思い切りドミトリィを蹴り飛ばし、それを拾うことをさせなかった。
壁面に並べられた彫刻を粉砕し、もうもうと立ちこめた土埃の向こうにドミトリィが消える。それを確認したエドアルドは、ドミトリィの代わりにそれを拾い上げた。
その中身は、極小の雷光を中に爆ぜさせている透明の珠。それが下層で手に取ったものと同じ宝珠だと確かめ、これで上に行けると思ったのもつかのま、エドアルドはその場に立ち尽くした。
「どうした、行かないのか?」
砕けた彫刻の中から這いだし、口からこぼれる血をぬぐいながらドミトリィが言った。
その顔を見据え、シグムントが負けるはずはないという確信をもう一度引き寄せたエドアルドは、宝珠を後ろに投げ捨てた。
カランと音を立て、それは部屋の入り口あたりまで転がっていく。
「おまえを倒してからだ、封印騎士」
退くことの出来ない戦い。
自分の言葉にそれを再確認し、全身を貫く痛みに覚悟を決める。
「いい覚悟だ」
にやりと口元を歪ませてこちらを見たドミトリィから、瞬間、笑みが消えた。
「ならば、こちらもそれ相応の力で相対せねばなるまい」
——来る。
直後、ドミトリィを中心として爆発した衝撃波が粉塵を巻き上げる。狭い空間に暴れる爆風の向こうに見えるのは、ショプロン村で見た光景と同じだった。黒い炎となった何かが翼のように展開され、先ほどまでとは比べものにならない威圧感をまき散らす。
そうだ。これが封印騎士の本当の力。ショプロン村では手も足も出なかった異形の騎士の姿だ。
「望むところだ」
これを倒さねば、勝ったとは言えない。暴れる月印による激痛を耐えて、エドアルドもまた月印の力を解放する。
節約しながら使っていたものの、矢の数がもう心許ない。
牙をむき出しにして飛び込んできたモンスターの頭を蹴り飛ばしながら、アーヤは終わりの見えない戦いに焦りを覚えていた。
カペルは大丈夫だろうか……。
そう心配している自分に気づき、「シグムント様やエドと違って、あいつは弱いからなんだから」と誰にするでもなく言い訳をしてみたが、それでもやはり自分に嘘はつけないと思ってしまうのがアーヤだった。
バルバガンを上空から狙うモンスターの姿が見え、条件反射の速さで矢を引き抜く。アーヤはやり場のない怒りにも似た気持ちを乗せてそれを撃ち放った。
なかば八つ当たりの一撃がモンスターを撃ち落とす。それを目で追ったとき、アーヤは敵の異変に気づいた。
魔方陣から光が消えている。
エドが何かやったんだ、という思考が脳裏をよぎり、「くそっ、ドミトリィめ。何を手こずってやがる」とニエジェランが毒づくのが聞こえれば、それが確信に変わる。
「ユージンさ——」
新手の出てこない今がチャンスだと告げるためにユージンの方を振り返る。その目に、赤熱した光の帯がモンスターを焼き払うさまが飛び込んできて、アーヤは言葉を呑んだ。ミルシェが放ったそれにモンスターが蒸散し、ユージンが放った無数の石礫が残りを蹂躙していく。
タイミングを計ったかのような大技の連携に、二人がこのときを予測していたのかと思えると、それなら私は、とアーヤは残りわずかになった矢を巨大な目玉の化け物——“クロン”ヴィシャスアイへと疾走させた。
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん