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囚われの人

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 彼はきっと、どう去ろうかどう話を打ち切ろうか、どうして声を掛けてしまったのかと思っているにちがいないと。自分から話しかけておきながら、彼は今、心底困り果てているのだろうと、そう考えついた。
 なんだかとても惨めに思えて腹立たしい。自分で考えつく答えはいつも的確な予測であると褒めたくなるくらいなのに、それなのにとてつもなく胸が苦しくなってしまう。複雑な心で満たされて、どうしていいのか分からなくなるのだ。この場に今、立っていられることですら信じがたい程に、身体がしびれてくるのだ。
「……姫?」
 黙りだした彼女を不思議に思ってかけられた声に、ディアーナは伏せていた瞳をガバリと上げた。
「名前で呼んでくださいまし! “姫”ではありません、“わたくしの名”を」
 ギュッと唇を噛みしめて睨み付けるようにキールを見る。ここ何日かずっと悩んでいたことを一気に投げかけてしまうかのような勢いで、何も考えられずにただ、精一杯の願いを請うた。
 キールは驚いたように目を見開き、そして息を呑む。やがてゆっくりと口を開いた。
「……それは、そのことは以前にも……」
「どうして駄目なんですの?! どうしていけませんの!?」
 身を乗り出して真っ直ぐに見つめてくるディアーナのその様子は、いつもの「ただなんとなくですわ」という感じではない。彼女の中での変化を感じる、ただならぬ気迫だった。
 キールは思わず手を伸ばしかけていて、けれどそれでもぎこちなく身体を強ばらせて顔を背ける。その瞬間、彼女の傷ついたような息づかいが聞こえたような気がした。

「……囚われるのが、怖いからです」

「……え?」
 震える声で、そっと聞き返される声。
 キールはそっと瞳を閉じ、息を吸った。
「囚われてしまうからです」
 それは、低く掠れたような小さな呟き。けれど静まり返った書庫内に響き渡っているかのように聞こえた。ゾクリと身体が震えるのを感じながら、ディアーナはぎこちない動きで唇を動かす。
「…………だれ、に……?」
 ようやく音になった言葉は、ディアーナ自身も驚きを感じるほどに震えていた。驚くと同時に、キールの瞳とかち合う。身体中がドクリと悲鳴を上げる中。
「俺が、あなたに」
 真っ直ぐに見下ろされたまま、その言葉は響いた。
 息を止めて懸命に頭を回転させる。真っ白な脳内を急速な早さで整理させて。
 「なぜ?」と問おうとしたところでそれはかなわなかった。
「姫様、お捜しの文献は見つかりましたでしょうか?」
 ギィという重々しい音の後に先ほどの兵の声が響く。ハッとなってそちらへ顔を向けると、ディアーナは乾いた唇を慌てて動かした。
「み、見つかりましたわ! 今参ります、すぐに参ります!」
 言って、ほんの少しだけキールに目を向ける。
「では、わたくしはこれで……」
 瞳を伏せて早口にそう告げて、逃げるように身を翻した。
 キールと共にいたのを、彼と会っていたのを他の者に見られてはいけないと、見られたくないと、なぜかそう思ったのだ。
 パタパタと走りながら、ディアーナはギュッと瞳を閉じる。最後に見たキールの表情が、悲しそうに、苦しそうに見えた気がした。




 部屋に戻っても戸惑いと混乱は鎮まらなかった。胸の鼓動は頭にまで響き渡り、全身が発熱したように熱い。どうしたらいいのか分からなくて困り果てて、このままだと病気になってしまうとさえ感じた。じっとしていることなど出来ずに窓辺へと向かう。そのまま窓を開け放って、窓辺へと枝を伸ばす逞しい幹へ躊躇うことなく飛び移った。以前一度試みようとしたが断念した行為。けれど足を止めることなく、ただひたすらに彼女は動いた。ヒラヒラとした衣服が破けたけれど、ただただ地を目指した。何度も落ちそうになったけれど、それでもひるむことなく幹を伝って。そのまま地へ足を着けると迷うことなく駆けだした。

 裸足の足で、破れたドレスを引きずりながら――。



 たどり着いた場所にその人はいた。今日もまた穏やかな音色は人々の心を癒している。街中から少し離れた広場の周りに幾人かの人だかりができており、そこにいる全ての人が流れる旋律に酔いしれていた。
 ディアーナは草陰に身を隠してその音色を聞いた。破れたドレスを、裸足の足を隠すように草の上に座り、身を潜めるその姿は城の者が見たら卒倒しかねないいでたちだ。けれど彼女は心が安らぐのを感じていた。暖かなぬくもりで迷い子を包むような母の優しさを感じて、だんだんと落ち着きを取り戻す。ゆっくりと透明な雫を流しながら、ディアーナはその旋律に身を委ねていた。

「姫?」
 ふと目を開くと、いささか驚いた顔が自分を覗き込んでいた。一瞬その姿に見惚れた後、彼女にしては珍しく急速に事態を把握でき、ディアーナは慌てたように首と手を振った。
「あ、ち、違うんですの!! イーリスの演奏がとってもとっても素敵だから、わたくしとっても安心して!! 安心して、……だから……」
 眠ってしまった、と続いてしまわないような言葉を捜したはずなのに、続く言葉は一つしかないようなことしか言えなかった。明らかな事実とはいえそんなことは決して口に出来ず、ディアーナは言葉をなくした。俯いた視界の端に破れたドレスが目に入り、尚更の恥ずかしさを感じる。乱れた髪を押さえつけ、潤んだ瞳を拭い去り、そして裸足の足を隠すように身を縮ませた。
「そうですか」
 一呼吸遅れて頭上から聞こえてきた声は、いつになく優しげなものだった。思わず顔を上げると、微笑を浮かべるイーリスの整った表情が目に入った。それは、なんだか泣きたくなるほどだった。意味もなく涙を誘うような、そんな微笑み。いつも儚い美しさを感じさせてくれるこの人は、このように心乱れている時でもやはり美しいと感じさせる人なのだ。
「……イーリスの音色は、わたくしをいつも落ち着かせてくれるのですわ。安らぎを与えてくださるのですわ」
 思うままの言葉を口にしてディアーナは瞳を閉じた。
「……それは、私の音楽を逃げ場にしているということですか?」
 硬い声音に瞳を開く。一瞬、言われた意味がわからなかった。首を傾げてイーリスを見ると、彼は悲しそうな瞳を向けていた。
「ち、違いますわ! 違いますの!!!」
 意味を把握することすら終わらないうちに、ディアーナは慌てて口を開く。
 何か、誤解されているのなら弁解せねばと ――だが言葉が出てこない。
「苦しみから逃げるために私の音楽を求めるというのなら、……それは失礼ですよ。私にも、なにより、姫に……」
「ご、ごめんなさいですわ! わたくし、イーリスの気に障るようなことをしてしまいましたのね!! 本当に、ごめんなさいですわ!」
 おろおろと顔を蒼白させて許しを請う少女をじっと見つめて、イーリスは笑い出したくなるのをしきりに我慢していた。彼の悪い癖だ。いや、性分なのだろう。けれど間違ったことは言ってない。彼の素直な言葉だ。都合よく下の位の者を利用する王族貴族へ対する、嫌悪の念。しかし、今必死に涙を浮かべながらも許しを請う少女を見ているうちに、そのようなどす黒い気持ちが消えていくのが分かった。分かっていたことだけれど、今更ながらにこの少女には驚かされる。
作品名:囚われの人 作家名:りあ