二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

囚われの人

INDEX|6ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

「姫」
 イーリスはそっと微笑んで、それこそ、作り笑いではない本当の笑みを向けて優しくディアーナの肩に触れた。ノロノロとあげられる大きな瞳は、不安に打ち震えて腫れているようにも見える。いつも大輪の華のような笑みを浮かべる少女のこのような姿に、イーリスは心から悲しみを覚えた。
「姫、謝らなくてはならないのは私にではありません。姫自身へ、ですよ。……己の心から逃げるのは、姫自身にとても失礼な行為なのですから」
「……わたくしに?」
 大きな瞳を瞬かせ、ディアーナは子供のように聞き返した。それを受けてイーリスは頷く。
「心に向き合って、そして自分が何をすべきか、何を求めているのか、それを知るのです。風や、このクラインという国の空気、貴女を取り巻く全てのものがそれを教えてくれるでしょう。もちろん、私の音楽がその手助けになれるならば喜んで提供いたします。……逃げるのではなく、立ち向かうのです」
 ゆっくりと、そしてどこまでも深いイーリスの声がディアーナの心にしみこんでくる。
「知る……立ち向かう……」
 呆然と呟いて、ディアーナは瞳を閉じた。
 そよそよと、心地よい風が髪を、頬を撫でる。少し遠くからは人々のざわめきが聞こえてきて、クラインの平和さを感じた。小鳥のさえずりがすぐ傍の木から聞こえて、犬の鳴き声も少し離れた場所から聞こえる。それらに耳を向けることにより心が落ち着くのを感じた。先ほどイーリスの音楽を耳にした時のような安心感に包まれていくのを感じる。
「わたくし、わたくしは……」
 目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐きながらディアーナは手のひらを自分の胸元へと充てる。トクントクンと、穏やかな心音がした。
「ゆっくりと答えを導くと良いでしょう……」
 そう優しい口調でもって告げて、イーリスは彼女に背を向けた。ここで呼び止めてはイーリスに侮蔑されるとディアーナは感じた。そして、一人考える時間を与えてくれたことに感謝する。
「イーリス、ありがとうですわ!」
 そう声を上げてみたけれど、イーリスの返答は無かった。ただ、風が優しくディアーナの髪を揺らした。

 風が、人々の声が、小鳥のさえずりが、どこからか川のせせらぎすらも聞こえる気がする。
 思えばこんなにも耳を澄まして周りのものに意識を寄せたのは初めてだ。自分の知らないことがたくさんたくさんあるように感じた。それこそ、世界はずっとずっと広いのだと思わされた。心が満たされて、落ち着いて、温かな気持ちになる。自然と、ディアーナは表情が緩まるのを感じていた。そして同時に、ここのところ眉を顰めてばかりだった自分に気づいた。

 なぜ、自分は眉を顰めてばかりいたのか――。
 ――それは、考え事があったから。
 なぜ、考え事をして眉を顰めるのか――。
 ――それは、答えが見つからないから。
 ではなぜ、答えが見つからないのか――。

 そこで、ディアーナは再び眉を顰めた。
 なぜ、答えが見つからないのか。―― いや、見つけられないのだ。いや、分からない。何かが分かりそうで、分からなくて、そして混乱にいつも考えを止めてしまうのだ。だからいつも答えが出ない。見つからないのだ。
 そう思い当たって、ディアーナは小さく頭を振った。大きく息を吸って深呼吸を二三繰り返す。イーリスの言葉を思い出して、そして再び目を瞑る。
 そこで浮かんだのは、ある人物のことだった。
 そこで浮かんだのは、ある人物の声だった。
 それは、ディアーナには半ば予測のついていた人だった。
 ――本当は分かっていた気がする。必死になって否定しようとしていただけなのかもしれない。
 キールの不機嫌そうな顔、キールの低い声、何気ない仕草一つ一つが気になって、胸が苦しくなったり高鳴ったりする。
 それは、それは今までに感じたことのないものであったし、混乱に頭が理解を示してくれなかったのだけれど、きっとこれが『特別な感情』なのだ。昔出会った、自分にとっての王子様へ抱いた気持ちとよく似ていて、けれどだいぶ違う。言葉に出来ないこの複雑な気持ちこそ、きっと、メイの言う通りの意味なのだと――。
「わたくしは」
 喉が乾いて、苦しかった。城下に、城の鐘が鳴り響いている。


「わたくしは、キールが好きなんですわ」


 ドクリと、身体中が熱くなった。言葉にしてしまうと、驚くほどすんなりと受け入れられる自分がいた。なぜ、今まで否定をし続けていたのか分からなかった。
 もう一度心の中で言葉を繰り返す。なんだか嬉しくて、笑いたい気持ちになった。
 が、ふと思い当たったことにディアーナは一気に熱が冷めるのを感じる。
 そう。
「キールはわたくしのこと、好きではありませんもの……」
 思い返せるのは彼の面倒くさそうな顔、迷惑そうな態度のみ。自分が望むような態度をとられたことがない。
 そして、「囚われたくない」と告げられた声がはっきりと頭に蘇る。それは、あからさまな拒絶だ。
「……わたくし、キールを捕まえたりなんて、しませんわ……そんなこと、しませんわ……」
 どんどん自分が惨めになってになってきて、ディアーナは己の顔を膝に伏せた。もう、動く気すらもしなくて、ただ涙が流れる。
 自分の気持ちにやっと気づけたというのに、このような展開はあまりにも惨めだ。
 それでも、かなわぬ想いは消え去ることはない。どうしたらキールに好かれるのか、キールに好いてもらえるのか、ただそれのみを思った。
 ――いつか、メイが冗談半分で話していた媚薬のことが一瞬頭を掠めて、カッと頬が熱くなる。
 愚かしい自分が嫌で嫌で、仕方なかった。


「姫」
 ガサリという音と共に掛かった低い声は、驚きに満ち溢れたものだった。反射的に身体が震えるような諫める声。それは、顔など確認せずとも誰だか分かる。自分一人だけの世界に迷い込んだかのような悲しみの中に現れた、見知った人物。勝手に城を飛び出して勝手に行動をしている自分が全て悪いのだというのに、それなのに誰かに頼りたいと思う自分は本当に浅ましいと思う。けれど身体が勝手に動くままに、ディアーナはガバリと顔を起こしてその声の主にしがみついた。
「姫、このような場所で何を。もう夕刻の鐘は既に鳴っておりま……」
「レオニス、レオニス!! わたくしは、さもしい女なのですわ。悲しい存在なのですわ。……わたくし、わたくし……」
 ただポロポロと涙を流して首を振り続ける少女に、近衛騎士は額に皺を寄せた。目の前に立つ少女の震える身体に、それはますます険しいものとなる。
「姫」
「わたくし、どうしたらいいのか分かりませんの。どうしたらいいのか、わかりませんの!! イーリスのようにはなれませんの。わたくしの心は汚れておりますのっ!!」
 イヤイヤをするように、ディアーナは乱暴に首を振る。いつも朗らかに微笑む姫の異様な姿に、レオニスは瞳を伏せた。
「姫、失礼致します」
 言って、その小さな身体を抱え上げる。ディアーナは抵抗することなくレオニスに抱き上げられた。そのまま彼の首にしがみついて、そして声を殺して泣き続けた。
作品名:囚われの人 作家名:りあ