町内ライダー
そして三日後。
約束の場所で神代剣を待つ雄介と天道、そして審査員となる子供達の前に、一人の青年が現れた。
「……っ! 天道、何でお前がいるんだよ!」
「加賀美、神代はどうした」
加賀美と呼ばれた青年は苦い顔をしたが、やや言い淀んでから口を開いた。
「今来る。……いいか、笑うな、絶対笑うなよ!」
「俺は大方想像がつくからいいが、子供らに笑うなというのは酷ではないか」
「……言うな!」
泣きそうになりながら、加賀美と呼ばれた青年は、天道のツッコミを振り払うように叫び、かぶりを振った。
「……あの、一体どういう……」
「あの神代剣という男は、まず何でも形から入る。つまり今日の奴の扮装は……」
「待たせたな平民達!」
天道が雄介の疑問に答える途中で、神代剣の声が響いた。
子供達はその姿を見ると、笑うやら盛り上がるやら、とにかく大喜びだった。
……原形がない。
一番似ているのは食い倒れ人形だ。
顔を白塗りにし、左目の周囲に青で星が描かれている。鼻の頭には赤く大きな球形の付け鼻。赤く、金で星が散らされているだぼっとしたツナギ。先が尖って反り返った靴。
神代剣らしきピエロがそこにいた。多分神代剣なんだと思う。恐らく。
「おのれ天道総司、貴様、そいつに味方しているのか!」
「どの様な分野においても、お前よりも俺が優れているということを、今からこの、俺が奥義を授けた五代雄介が証明してくれる」
天道と神代らしきピエロが、激しく視線をぶつけ合う。横の雄介からは、溜息しか漏れなかった。
「だから天道さん、自分でやればいいのに……」
「……全く同感だ。同情します……」
加賀美と呼ばれた青年も、横で大きく溜息を吐いていた。
どちらかといえば、この二人と顔見知りらしい、加賀美の方が気の毒度は高いのかもしれない。
「よし、五代、特訓の成果を思う存分見せてやれ! クラウンの扮装を真似たところで、真のクラウンにはなれん事を教えてやる」
「……分かりました。さっさとやっちゃいましょう」
天道の言葉は適当に流し、五代は屈んで、用意しておいたクラブを次々に指と指の間に挟み、立ち上がった。
新体操で使う物よりは小振りのクラブ、その数七本。
この数を扱えるようになる迄には、血の滲むような特訓があった。
勝負など正直どうでもいい雄介にとって、不必要に厳しい天道の特訓は苦行としか言えなかったが、雄介は耐えた。ただひたすら、子供達にこの新しい技を見せる為に。
出来ないのが悔しい、というのもあったかもしれない。雄介は、自分が出来ない事に対してはとことん負けず嫌いだった。
ゆっくりと一本ずつ放り上げ、やがて七本のクラブ全てが順序よく放物線を描き、宙に舞った。
雄介の両手は静かに的確に、落ちてきたクラブを受け止めまた放り上げる。
子供達の歓声が上がった。一方、神代剣もまた、クラブを七本両手に構えていた。
「天道……貴様、その男をよくぞそこまで……! だが最後は、技の華麗さが全てを決める!」
「御託はいい、やってみせろ」
「抜かすなっ!」
剣も負けじとクラブを次々と放り上げた。
ごすっ、がすっと次々に音が上がる。
驚きの余り、雄介の手は止まり、クラブは重力に従って、次々地面に転がった。
「つーるーぎー……お前なぁ……俺に恨みがあるのか? いやあるんだろう? ある筈だな?」
ある意味神業だった。
剣の放ったクラブは、どこをどうしてか、七本全て加賀美の頭を直撃していた。
「ご……誤解だ! 信じてくれ、我が友カ・ガーミン! 心の友に恨みなど!」
「狙わないでどうやって全部当てるんだよ! 器用すぎんだろ!」
逃げ惑う剣を加賀美が追い掛け回すが、これには子供達も大受けだった。走り回る二人を見て、大笑いしている。
「なんかあっちの方が受けてるから、今日は神代さんの勝ち、じゃないですかね?」
雄介が言うと、天道は呆れ返った視線を剣と加賀美に投げ、長く息を吐いた。
「技はこちらが上と分かったからそれでいい。勝ちなど呉れてやれ」
しばらく追い掛けっこは終わりそうにもなかった。
皆喜んでるからそれでいっか……。
何でこんな所でこんな事をさせられたのか、やはり納得いかないながらも、雄介は笑い転げる子供達を見て、自分も嬉しそうに笑った。