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町内ライダー

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 車が、高層マンションの地下駐車場へと入っていく。駐車場の一角に停められた車から降りて、ワタルとアスムはレディの後について、マンションへと入っていった。
 オートロックのマンションの内部を、アスムは物珍しそうに眺めている。山で暮らしていたそうなので、あまり馴染みがないのだろう。
 エレベーターで上へと上がり、やがてレディはある部屋の前で足を止めた。
「ここがお二人にご用意したお部屋なんですけどぉ……やっぱり子供二人で暮らすのって、色々不安もありますよねぇ?」
「いや別に」
「今まで一人暮らししてました」
 ワタルとアスムの返答はにべもない。いやんいやん、とレディは身を捩った。
「私も心配なんですぅ! だ・か・ら。頼りになる隣の部屋のお兄さんお姉さんに、お二人の事をお願いしていきますねっ!」
 言ってレディは小走りに隣の部屋のドアの前へと移動して、インターフォンを押した。已む無くワタルとアスムも後を追う。
『はい、どなたですか』
「こんにちはぁ、勇治くーんっ!」
『…………間に合ってます』
 レディの声を聞いた途端に、インターフォンから流れる若い男の声は凍りついた。
「待って待って! 今日はぁ、オルフェノクの事じゃありませんっ!」
『……じゃあ何ですか』
「勇治君に是非ともお願いがあるんです、子供たちの明日がかかってるんですっ!」
『……』
 無言の後、インターフォンが切断された。ややあってドアが開き、若い男が顔を覗かせた。
「きゃーん、勇治君久し振りっ! 今日もカワイーっ!」
「……閉めますよ」
「いやーん待って! ほら見ていたいけな子供達があなたの助けを待ってるの!」
「……というかあなた、鍵持ってるでしょう」
 勇治、と呼ばれた青年は、おっとりとした品の良さそうな顔をしていた。うんざりした表情でレディを眺めている。気持ちはよく分かる。
 仕方なさげに勇治がドアを開き、レディが当たり前のように中に入っていく。ワタルとアスムもそれに続いた。
 中は広かった。リビングは大きな窓があり、見晴らしがいい。
「……で、その子達は一体? 僕に頼みって何ですか」
 レディは当たり前のようにソファに座り、ワタルとアスムも勇治に勧められソファに腰掛けた。
「今日からこの子達が隣の部屋に住むんですけどぉ、やっぱり子供二人だと何かと心配なんですぅ。だから勇治君に、何かと面倒を見てあげてほしいなって」
「…………じゃあ、この子達も?」
「いーえ、違いますよっ。ちょっとした手違いっていうか、可哀想に行き場がなくなっちゃったんですよね」
 二人が何について話しているのかは分からない。
 車の中でもレディに、この状況について質問をしたが、まともな答えは帰ってこなかった。
 恐らく何か知っている、下手をすれば原因を作り出したのはこの女ではないのだろうか。そうも思ったが、正解は分からない。
「……そういう事なら分かりました。だからあなた早く帰って下さい」
「やーん、勇治君冷たいっ! お姉さん泣いちゃいますよ、えーんっ!」
「泣いてもいいですから早く帰って下さい」
「……ふーんだ。あっ、お二人に部屋の鍵を渡しておきますね。はい一個ずつ。あと私直通の通信端末もお渡ししますね。生活に必要なものは部屋の中に大体揃ってるんですけど、何か足りないものがあったらこれで教えて下さい。メールも使えるんですけど、顔が見られるテレビ電話希望でーすっ! あと生活費は、後日お送りする通帳に毎月振込みますからご心配なく」
 一方的に話して、ワタルとアスムにそれぞれ鍵と携帯電話のようなものを渡すと、レディは、じゃあねと手を振って部屋を出て行った。
「……ええと、僕、ワタルです。これからお世話になります」
「あ、僕、アスムです。宜しくお願いします」
「僕は木場勇治。何かあったら大体僕か、長田さんっていう女の子が部屋にいるから、気軽に声をかけて」
 ワタルとアスムの挨拶に、勇治は優しく笑って返した。
 心が洗われるような笑顔だった。こんな普通の対応、この何処だか分からない場所へ来て初めてじゃないだろうか。
 よくよく考えれば隣の部屋に子供だけで二人で住む状況に早々に対応している木場勇治も十二分に変だったのだが、今のワタルには、木場の爽やかな笑顔、ただそれだけで充分だった。
作品名:町内ライダー 作家名:パピコ