町内ライダー
その8
先を争うように駆けてくる二人の青年。片方は右脇に大きな鞄を抱え、もう一方は荷物はなく何とも身軽な出で立ちだった。
「今日はっ、ウチがっ、頂くっ!」
「今時メールニュースなんかやってる所にっ、このネタ、やれるかっ! 時代はとうの昔にATOMフィードと動画ニュースなんだよっ!」
「まだ紙でやってる三流雑誌に言われたくねぇっ! ニュースは速報性命なんだよっ!」
「何だと、未だに見習いのくせしてっ! 紙でなきゃ伝えられない緻密な取材に裏打ちされた肌理細やかな情報があるって、分かんないんだろう!」
「うるへーっ! 肌理細やかな取材してんのはお前じゃなくて羽黒だろっ!」
「レンさんが素晴らしいのは確かだ! だけど俺だって、その相棒なんだ、俺たちは二人で記事を作ってるんだよっ!」
口汚く罵り合いながら、二人は一人の男目指して走っていた。
「「門矢士っ!」」
二人の声に、二人組の青年が振り返った。
「……シンジ?」
背が高い方の呟きに、鞄を抱えた方がこくこくと頷いた。
「そ、久し振り。今日は我がATASHIジャーナルから士に、取材の申し込みに来たんだ」
「あっ、辰巳お前、知り合いなんて聞いてない、汚いぞ!」
「顔の広さもジャーナリストの資質の一つだろ」
走り込んできた二人の言い合いを、門矢士ともう一人がぽかんと眺める。
「……取材か。世間も漸く遅まきながらも、俺の価値に気が付いたらしいな」
「そうなんですよっ! 是非我がOREジャーナルで、あなたの独占特集を組みたいと思いまして!」
「いーや、士とも縁の深いこのATASHIジャーナルこそ独占特集に相応しい!」
二人の記者のやりとりを今までぽかんと眺めていた門矢士の隣の青年が、不思議そうに士を見て口を開く。
「……龍騎の世界の写真の人? オレとかアタシとか初めて聞くけど」
「そうだ。このATASHIジャーナルの辰巳シンジは、共に時を越えた仲だ」
「……全然説明になってないぞ。いつもの事だけど」
士の説明に頷いているのは、辰巳シンジだけ。他者が聞いても全く意味不明だった。
「で、今日は何の取材だ」
その士の言葉に、シンジともう一人は一斉に写真を取り出した。
像がぶれ歪み、そこではない場所の風景すら映りこんでいる、写真と呼んでいいのかすら疑問に思えるそれは、士のいつもの失敗作のうちの一枚らしかった。
「君のこの写真について、是非OREジャーナルが、心霊的科学的様々なアプローチで解明を試みたいんだ!」
「こんな弱小メールニュースじゃ、たいした取材なんか出来ない! 是非ここは、ATASHIジャーナルでお前の写真の謎を解明させてくれ!」
二人の記者が口々に言うと、大して面白くもなさそうにそれを聞いていた士が、一つ息を吐いた。
「だいたい分かった」
つまらなさそうな士の言葉に、それでも記者二人は、自社の取材を受けて貰えるのかと期待を込めて士を見つめた。
「……お前等が俺の写真の芸術性について理解していないという事が、よーく分かった。心霊的科学的見地? 冗談も休み休み言え! 俺は取材は受けない。分かったらとっとと帰れ!」
「あ、ちょっと! 待てよ士!」
士はどうやらかなり機嫌を損ねた様子で、連れの言葉にも足も止めず歩き去っていった。
「城戸さん、あんたが余計な事言うから怒らせちゃったじゃないか」
「にゃにおう、お前だって取材内容は同じだったくせに」
「……心霊写真と言いたい気持ちは、すごく良く分かります。でも、あいつも、きちんとした写真が撮れる世界をずっと探してるんで……その、そういう取材とかは、止めてやってくれませんか」
士の連れの青年が、困ったように苦笑して呟いた。
世界を探してる、という言葉は意味不明だが、どうやら門矢士本人も写真の出来については色々思う所があるのだろう。本人への取材は、諦める他なさそうだった。
「あの、ところで、お二人は記者さん、ですよね。俺は、士の友達で、小野寺ユウスケっていうんですけど、ちょっと教えてほしい事が」
小野寺ユウスケ、と名乗った青年の事を、ATASHIジャーナルの辰巳シンジは知っている。だがその記憶は、タイムベントの効果によって時間が巻き戻され無かったことになってしまった為、シンジと士以外は知らない。妙な感じだった。
「この世界で……なんていうかこう、人知れず怪物と戦ってるみたいな」
「仮面ライダーだろ」
「そうそう、それそれ」
シンジの相槌に、ユウスケは深く頷いた。
「そういうのなら、OREジャーナルの都市伝説シリーズでも見ればいい。信憑性については怪しいけどな」
「何だと! 俺の体当たり取材でゲットしたスクープ写真の数々が、信用できないっていうのかよ!」
「……自分達でも信用できないから都市伝説とかタイトルに付けてるんじゃないのか」
仮面ライダー。この言葉についても、辰巳シンジにはよく分からない点がある。
かつて、仮面ライダー裁判という制度があった。いや、ある筈だった。
ところが、いつの間にかその制度が消えていた。文字通り跡形もなく。誰の記憶にも残っていない。
仮面ライダー裁判制度を批判していた側としては喜ぶべきなのかもしれないが、まるでタイムベントでもかかったみたいに、誰の記憶にもないというのは解せない。そしてシンジだけがそれを覚えている。
士は覚えているのか。シンジとしては、メインの取材よりは寧ろそちらを士に聞きたかった。
そして、OREジャーナルの都市伝説シリーズ、そこに掲載されている写真についても。